自らの顔をじっくりと見つめる機会など、鏡を使ってすらまず皆無に等しいものだが、こうして別の存在として見るのは絶対に有り得ない。その有り得ないことが今、起こっている。
ヴァラール、世界の諸力はエアに在って形を取るとき、エルフの姿をとった。とはいえ本性と姿は分かちがたく結びついていて、何も作為なく形を成せば、いつも同じ姿に出来上がった。色もその一部だ。
メルコールはマンウェの兄弟である。父なるエルはそう定め、従ってメルコールとマンウェの核なるものは良く似ていた。それは姿を取った時にはっきりと現れた。作為なく形取った姿は、同じ顔をして色だけを違えた。形を成した時にそれすら同じだった青玉の瞳をメルコールが紅玉に変えたのは、それがマンウェの纏うはずもない色だからだった。
本来の持ち主でない魂に何らかの作為があるはずもない。こちらをとくと覗き込む、今の自分の身体の魂が入った自分であったはずの身体は、マンウェと同じ顔で、同じ青玉の瞳をしながら全く違う表情をした。
「紫陽の君、」
こちらの身体の目と耳を癒やし開いたノルドの王は、酷く赤く見える舌で唇を舐めると、口づけでもするように顔を寄せた。
「形はクウェンディでも、違うものなのですね」
「お前こそ」
メルコールは近い瞳を見返し、唐突にその高揚した瞳の色がマンウェのような青玉ではないことに気づいた。
「ばけものめ」
「あなたに言われたくありません」
囁くと、自分の顔が薄く笑みを作った。すると瞳がよりいっそう淡い紅を帯びた。その瞳の色をメルコールは知っていた。
「それで紫陽か」
「紫陽花はあなたに似合うでしょう?」
あわいの色をした瞳の中で、ノルド王の顔が傷を突いたように痛く歪んだ。