この東屋に、わたくしが立ち入ったことはない。ご存知でしょう?伯父さま――
ここはあなたとフィンウェさまの場所だった。皆知っていたわ。【お茶会】はこの東屋で、ふたりきりで、と。だからここには、人影はいつも、ふたつ。……さっき、来た時、わたくしは安心したの。伯父さまひとりだったから。
だけど一度だけ、わたくし、ここでフィンウェさまだけを見たことがあるわ。わたくしがあの方を本当に好きになったのは、その時ではないかと思うのです。あの方は眠っていらした。わたくしはそれを見ていたの。
……それより前から、ずっと前から、小さな頃から――わたくしはフィンウェさまが好きだった。それは確かよ。ティリオンを離れる時に、わたくし、大泣きして皆を困らせたわ。伯父さま、手をつないでくださった。伯父さまもあまり離れたくなかったのが分かったわ。わたくしとは違う理由だったのでしょうけれど。だけど、だから、わたくし、泣きながらだけど、離れて行くことができた。
あれはいつだったのかしら。
あの頃、わたくしは、フィンウェさまを見ると泣きたくなったの。涙でわたくしが溶けて、水になって、流れていってしまえばいいと思ったの。何故だかは、今でも、うまく言えない。
わたくし、伯父さまが思うよりもずっとたくさん、フィンウェさまと会ったことがあったわ。会うといっても、ばったり会う方よ。それはそうよね。わたくし、少しでもお姿を見たくて、伯父さまの館のあたりによく来ていたもの。あの方の足音を聞くとわたくしの心が躍るの。あの方の息づかいを感じると、わたくしは歌いたくなるの。そして、そうよ、あの方の姿を見ると、わたくしは、いつも泣きたくなったのだったわ。
だからでしょうね。
フィンウェさまと瞳を合わせた時、わたくし、とても強ばった顔をしていた。怖がっているのか怒っているのか、そんなような顔をしていた。
あの方はそれで傷ついてらしても、表に出すような方ではないわ。上手く隠して微笑んでしまう、でしょう――?…そうなのです。
あの時は違っていました。
……悪い夢を見ていらしたの。たぶん、そうだったのだと思うわ。
わたくし、初めてフィンウェさまの瞳を見た気がした。
ええ。そう言われているということ、今ならわかるわ。
かなしくて、ひとりで、そして、愛してるって叫ぶような。わたくしやっぱり泣きたかったわ。あの時は、それがどうしてかはわからなかったけど。
伯父さま、永遠とは何かしら。
永遠であるということは、不変であることではないの。そう、感じたの。
だから、わたくしとフィンウェさまはここまで一緒にいることができたのです。
ふたごころとは思わないの。他の誰が思っても、わたくしは、そうは思えないの。あの方自身がそう思っても、わたくしは、そうは思わないの。
違う愛情と言うのなら、そうね、そう、なのでしょうけれど。
忘れてもいいと思うことがあの方には必要で、忘れるのは辛いことだった。
忘れないでと願われることがあの方には必要で、忘れてしまうのが辛いことだった。
いつだって、引き裂かれている方なの。
知っていたわ。
ねえ、伯父さま。
あの方の愛はいつだって、一度手に入れたと思ったら二度と手放したくなくなるようなもので、それを何より先に手に入れたなら――
でも、フィンウェさまは、自ら愛することがわからない方。あの子に対して以外は、いつだって、愛されて、そして愛し返す方。……ミーリエルさまは強い方ね。自分から離れることができたのだから。
……伯父さま。
あの方は、忘れることが出来たかしら。
無くなっていく記憶をつなぎとめようとして、無くならない記憶を抱え込んだままで、時々、心が振れるのを留めて、………。
知っているの。伯父さま、それが悲しいんじゃないの。あの方にはわたくしも、伯父さまも、それから…必要だったの。
必要なら、さしあげるだけ。
たぶん、それがわたくしの――“インディスの愛”と呼ばれるべきものだわ。