かなわぬゆめ

 何がせっかくなのかは分からないが、せっかくだから行ってこいと送り出してくれた弟に、含むところはない。と思いたい。ケレゴルムは、明らかに窶れた顔でしかしほのかに笑んだ長兄を前にしてそう思っていた。
 不思議だ、と首をひねるマエズロスは現在第2子を妊娠中である。魔のつわり期間である。
 魔の、というのはマエズロスのつわりの特徴にある。母ネアダネルと同じそれは、つわり期間中に伴侶以外の他の男が近寄るのを嫌う。どんなに親しい兄弟であろうとそれは顕著で、エレイニオンを妊娠中に覿面に接近禁止令を食らったマグロールが嘆いていた。
 のだが、そして現在もマグロールやカランシアは接近禁止令を食らっている筈なのだが、今回初めてこの期間のマエズロスに会うケレゴルムはといえば、普通である。マエズロスの体調にも特に異常はない。
 お前が来てくれて嬉しいよ、と言って貰えたのはこちらも嬉しいのだが、どうにもクルフィンが熱心に薦めてきたのが気になっていた。
 案の定帰ればクルフィンはどうだったとしつこく尋ねてきたし、何もなかった、俺がそばにいても平気だったと答えれば明らかに上機嫌にニヤニヤ笑った。
 機嫌が良いのに越したことはないので、ケレゴルムはそれ以上の追及はしなかった。本能的に答えを訊くのを避けていたのかもしれない。

 そんなことがあったと思い出したのは、もうそれがずいぶん遠くに思える頃になる。弟に、抱かれるようになってからのことだ。
 ケレゴルムの上にクルフィンが乗っかってくるのはいつものことだが、その時は妙に性急で、乱暴に突かれてケレゴルムは喉の奥で呻いた。
「マイアを産め。な、ケレゴルム、あのヴァラに暴かれてマイアを孕むがいい」
 どうせお前はわたしじゃ開かないだろうから――。
 クルフィンがばかなことを言う。ケレゴルムは考える。俺が両性であったとして。
 ぐらぐら揺れる視界の中でふと見上げた弟の顔は、ぞっとするほどの虚無に満ちていた。
 俺が両性であったとして、開かれることも身ごもることもありはしない。ましてや、あのひとと。
 ケレゴルムはクルフィンを抱きしめる。ばかなことを考えているんじゃない。
「俺を開かせるほどの幸せを感じさせてみろよ」
 腕の中でクルフィンはびくりと震えた。ケレゴルムは、顔を見られなくて良かったと思った。