「ベレンが私を救けに参ります」
きっぱりと、頭をそびやかして言ったシンダールの姫、比類なき小夜啼鳥、星空を髪に戴くルシアンに、クルフィンはいつも苛立たされる。それはその一途さが、妬ましいほどに何かを思い出させるからだ。遠い彼の地のことを。
行って来ると言ったのだった。帰り道が分からなくなる。だからそこにいろと、――嘘を吐いた。
(そなたに動かれると、わたしも、ケレブリンボールも、帰れない)
きっと、とっくに息子との道は分かたれてしまっている。あの丘に帰る日など来ないだろう。だが彼女は待って、待って、待って、待ち続ける。愚直な一途さで。
「来るものか」
「参ります」
押し問答もいつものこと。クルフィンは自嘲する。ああ、そうだ――来るのだろう。その人間は、一途に待つ恋人を救けに、必ず来る。
「人の子なぞに!」
「人の子なればこそ」
「約束も、誓言も、移ろう時に破られると言うのに?」
ルシアンは目を伏せた。
「彼と私の間には、どのような誓いも約束もありはしませぬ。あるのはただ――愛ばかり」
やはり傲慢に言い放った姫の言葉に、クルフィンは胸を掻き毟られるような痛みを感じる。
「愚かしく愛に縋るがいい」
クルフィンは吐き捨てるように続けた。
「彼は来ない。愛の美しさは守られはせぬ」
丘に帰る日など来ない。彼女は待って、待って、待って、
「私は待ちます」
「………来るものか」
クルフィンは踵を返した。
ああ、来るものか。
(来るだろう)
待ち続けても、彼女の求める姿は現れない。
(その一途さで!)
森と洞窟に囲まれた奥深くを歩みながら、クルフィンはふと、あの高い高い空に大声でわめきたい気持ちに駆られた。