「きみはみるほう」と言ったのは幼いころのエルウェで、その言葉通りイングウェは「視る」質だった。未来のあやふやな幻影であり、過去の強すぎる残像だ。
イングウェの目に映る世界というものはとても混沌としていて強烈なものであったので、幼いころイングウェはぼうっと目を細めて焦点をずらすことで世界を丸めて認識していた。
なぜこんな力があるのか、考えすぎると気塞がりになって、それがわたしだと開き直れるようになったのは友が出来てからだった。
だが、茫洋と目を細める癖は今でも変わらない。
アマンへ渡り、成長したイングウェは力とうまく折り合う方法を見つけた。
制御できるようにはなったけれど、始終気を張っているのも疲れるのでタニクウェティルへ宮居を移して今に至る。
ヴァラールの影近くならば、よほどの強い思いでなければ現れるものではない。先のことも思い煩わなければ問題ないと言えた。
だから、これは、ひどく強い思いなのだ。
繰り言のようにイングウェはそう考えた。さもあろう。何も知らないと言えたが、何があったのかは殆どわかる。
目の前でエルウェが泣いている。すっかり大人の、久しく見ていない、また記憶にあるよりも威風の増した姿で――けれど本当に幼いころでも一度も見なかったように。
涙は止まらない。子どもよりも子どものように。身も世もなく。
今日がその日だったのだ、とイングウェはどこか冷めた心持ちで思った。
こうなることはわかっていた。自分がエルウェのこんな姿を視るとは思わなかったが。
幻影なのはわかっていた。だがあまりにも親友が寄る辺なく嘆くので、自然とイングウェは手を伸べていた。きっと慰めにならないことも知っていたけれど。
幻影に触れた瞬間、駆け抜けていった「声」に、イングウェはどう表情を作ればいいのかわからなくなる。
戸惑いのうちにエルウェは消え、イングウェはひとり、笑った。
にがく、笑った。
「ああ。だがエルウェ―――知っていただろう。一瞬だって、長過ぎたことは」