柔らかな風の吹き抜けるある一室に、フィンウェは足を踏み入れた。
ちょうど金の光の強まっていく刻限で、風と共に大気を彩る光の欠片が、ふわりふわりと部屋に踊る。
窓の近くに置かれた長椅子から覗く、光を吸い込むような色に変わりかけた銀の髪を見とめ、フィンウェは微笑んだ。
「ミーリエル」
近づいていくと、はさ、と軽い音がした。
見てみれば長椅子の下には針も糸もそのままに、刺繍をしかけの布が落ちていて、眠り込んでしまったらしいミーリエルの手が、近くに落とされていた。
「これは、これは」
刺繍を拾って傍らの台に置き、手をとって指に口づける。
見下ろした妻の寝顔はどこかあどけなく、薄ら開いた唇と、頬のまろい温かみにフィンウェは深く、笑む。
(……いとしい)
静かな寝息をほんの少しだけ盗んだ。
心の奥から息づく、指先から溢れだしそうな熱を感じながら、フィンウェは部屋を出て行った。