触れるな。
誰ひとり追ってはならぬ。
手出しはならぬ!
そう指令を出したのは自分だというのにエオンウェは、益体も無いことを考えながら歩いている。傍から見ていれば歩みとは思えない疾さだっただろう。追いかけているのだから当たり前だ。
熱い。
赤い。
至る所で裂け目が現れた大地は震え、煮え立つ空気を立ち昇らせる。火よりも炎よりも熱い水が流れている。
熱い。
赤い。
一面赤い中でその赤毛は際立って見えた。いかなる炎の色とも似ていなかった。身体の方は、もっと周りに馴染まなかった。
左手の方はもう直視できない。
その、赤くて金色のかたまりが歩みを止めて振り返り、エオンウェとまぶしいような目を合わせ、おそらく、笑んだ。
「あなたが来ると思った」
エオンウェは苦い顔で言い返した。
「どうしてこんな処まで来たんだろう」
熱い。
赤い。
そして。
「お前、白く光ってるよ」
「……ああ」
エオンウェの目には、相対するエルフがとうに命あるものには見えなかった。いや、地上にあるものと言おうか? その魂を澄まして光る身体は、同時に左手の宝玉からますます熱く眩しく透けているのだ。
「私は宝玉を――このマエズロスが持っているのだと証明したい」
ぞっとするほど凪いだ声音で、焦がれる瞳で、フェアノールの長子はマイアの伝令使に宣言した。
「誰の手も届かない処で」
これだからノルドールは!
エオンウェは瞬間にぐらりと苛立って、次の鼓動にはもう凍ったような心地でいた。
熱い。
赤い。
時が残されていないことは、きっとどちらも分かっていた。
「見届けよう」
だからエオンウェはそう答えて、決して疾らず、目を閉じなかった。
幕をくぐれば中には良く見知ったエルダールの王がいた。イングウェは、小さく息をついて、変わらぬ声音で問うた。
「エオンウェ、泣いていらしたのですか」
束の間言葉を探しあぐねて、エオンウェは唇を噛んだ。
「どうだろう。あまりに熱くて、」
瞳を閉じればまざまざと浮かぶ姿。それが赤と金と明るさを増してーー白になった。
「何もかもとけてしまったから」
宝玉の、ひとつは奪われ、ひとつは放たれ、最後のひとつは仕舞いこまれた。
その筋書き通りにいくかはエオンウェにはわからなかった。けれど瞼に焼き付いた光は、灰の帳に受け止められることだろう。時つむぐヴァリエの優しい腕に、せめて安らぎを見いだせたら良い。