「おひるね」

 午睡の子守唄は庇護者と共にお話に変わったのだ。エルロスは眠りの訪れた片割れの隣で、ぜんぜん寝付けずにふてくされている。
 庇護者の少年は落ち着いた声で語りを終えた。そう、少年は! エルロスはエレイニオン・ギル=ガラドが少なくとも自分よりも歳下に見える形をしていることに、ある種の不信感を抱いている。とはいえギル=ガラドの瞳に時折よぎる光は確かにこどもを気遣うおとなのものだ。エルロスには自分がまだこどもである自覚はあったし、ギル=ガラドのふるまいがおとなであると感じるくらいの分別もあった。けれども何せ出会った頃から変わらずにちいさな少年を――エルロスの背丈は伸びたというのに全く変わらない少年を――年長の庇護者であると素直に思うのは難しい。
「ギル=ガラドはなんでちいさいままなの?」
 ふてくされたまま出した声が思ったよりもこどもっぽくて、エルロスはますますふくれた。
 ギル=ガラドは寝返りを打ったエルロンドの掛け布を直して(そういう仕草にも、エルロスはむかむかした)、エルロスを静かに見て、うん?と首を傾げた。
「僕よりちいさいじゃないか」
「見た目はそうだな」
 ごく静かに返されたので、エルロスはむくれた顔で、頭にひらめいたことをそのまま言った。
「なんで? まるっとエルフだから?」
「うーん…」
 ギル=ガラドは少し考えるように目線を宙にさまよわせた。
「ちょっとした約束かな。願いというか…。確かに、私の成長は遅いよな」
 そう言う瞳があまりにもおとなの目だなと思ったので、半エルフは更に面白くなくなって口をとがらせた。ギル=ガラドはエルロスの表情に気付いてふふっと笑った。
「でももうじき大きくなるとは……思う」
「ふーん…」
 エルロスはとんがった口でいかにも納得のいっていない声を出した。するとギル=ガラドがますます笑うので、エルロスはがばりと起き上がって、
「じゃあ今のうちだね!」
「あっ」
 ギル=ガラドを寝台に引きずり込んだ。特に抵抗もなかったので少年を抱きこんで頭のてっぺんに顎を乗せてやると、もぞもぞ声が聞こえてきた。
「私はおひるね時間じゃないんだが」
「良いでしょ、おひるねにしたって」
「たぶん怒られるなあ…」
「王さまなのに?」
「王様は怒られない方が怖いものだよ」
 うぅん、とギル=ガラドは喉の奥で笑うと手を伸ばし、抱き込まれたままでエルロスの頭を撫でた。
「どうせエルロスを寝かしつけられなかったから怒られるな。仕方ないから私も寝よう」
 エルロスは色々と困惑して数瞬黙った。それからなんだかよく分からないままに、口から「そうだよ」と出た。
「そうだな」
「そうだよ!寝るよ!」
「うん」
 こんなにちいさいくせにさ、とエルロスは思った。腕の中でおとなしくして、眠る呼吸のリズムを伝えてくる少年は、しっかりとおとなだったし、ずっと前から王様だった。大きくなったらどんなだろう。大きくなったら……
「――エレイニオン」
 そっと呼びかけると、やわらかな声が、うん…? と応えた。
「大きくなったらやりたいこと、ある…?」
 エルロスは訊いた、端から何もかもが遠ざかるのを感じた。遠くで優しい声が「あるよ」と答えていて、そして、額にぬくもりを感じて、エルロスはゆるやかな午後の夢へと滑り降りていった。