「選択」

 内密の話があると言ったのはケレブリンボールだ。エレイニオンはさっさと彼を執務室に招き入れた。
 少々踏みこんだ話をして、今後の方針を擦り合わせて、お互い机やら椅子やらに脱力した。
 ドワーフ絡みの話がうまくいくかは、半ば賭けだった。怒りの戦いでつないだいくつもの縁がうまく作用したとは言えるが、エレイニオンには直接の面識はない相手のことだ。エルフとドワーフというなら、因縁はそこかしこにある。
 そんな状況をうまく立ち回ってくることができるケレブリンボールが、エルロンドとエルロスを見て盛大に戸惑っていた。
「そんなに驚いた?」
 頬杖をついて訊くと、んぁ、だかふゎ、だかよく分からない声を出してケレブリンボールは身を起こした。
「思ったよりおおきくて」
「ん…」
 エレイニオンは虚を突かれてすこし考えた。別に歳も知っているだろうに意外だっただろうか? 半エルフの成長が早いとか? エレイニオン自身はアマンの時の流れを知らないだけにますます掴みづらい。
「君が過保護にしてるから、まだ小さいのかと」
「えっ私過保護か!?」
 頬杖がすべった。ショックだった。机にへばりついたまま見上げると、ケレブリンボールはぷくっと頬を膨らませていた。
「今回のはともかく、ちょっと面倒な交渉ごと全部君が行ってるのは過保護なんじゃないの」
「いやそれは細々事情があって」
「その事情ちゃんと説明してる?」
「してる。……と思うけど…」
 エレイニオンはのろのろ起き上がった。今度は頬杖は両手にした。
「今は特に、何か頼むの悪いかなって…」
 言い訳がましい声が出たなと思った。ケレブリンボールがはあ? と言った。
「エレイニオン」
「はい」
「『ノコノコ出てきたのが運の尽き』って言って、後ろ暗~い、評判悪~い再従兄をこき使ってるのは誰だっけ」
「手伝ってくれる? って聞いた時に何でもするって私に誓ったのは誰だっけ」
「俺ですけどぉ?」
 じゃあ合ってるじゃないか…。エレイニオンは口を曲げてふんぞり返ったケレブリンボールを見た。
「だって人生の重大事を深刻に自分と向き合って考えてる時に、邪魔が入ると困る」
 ケレブリンボールはぐっと伸びをするように戻ってきた。水色の目がジッとエレイニオンを見つめた。
「人生の」
「うん」
「重大事?」
「うん。君だって自分が半エルフで生き方をエルフか人間か選べって言われてる時に」
 ケレブリンボールは口に入れたのが物凄い予想外の味だったみたいな顔をした。残念ながらエレイニオンの口は止まらなかった。
「何かごちゃごちゃしたらうるせえ黙ってろってなるだろ」
 ケレブリンボールは額に手を当てて上を向いた。エレイニオンは頬杖から零れるように俯いた。
「だから」
「あー、それはちょっと放っといてくれる?てなるやつ…」
「そう。放っておいてる。――でも『引っ越し』が始まる頃には落ち着くよ」
「そっか」
「そうだよ」
 エレイニオンが顔を上げると、ケレブリンボールはいつものきらきらした目で微笑んでいた。
「君がそう言うならそうなんだろう」
 ケレブリンボールはどこからともなく細い巻物を取り出した。内密の話の主体はこれなんだろうなと思った。手渡されたそれを、エレイニオンは訝しみつつ広げた。
 ――槍の意匠だった。見たことが無い、流麗な刃の…。添え書きの文字には覚えがあった。
「伯父上からの注文だそうだ」
 エレイニオンは息を飲んだ。ケレブリンボールは続けた。アザガール殿が受けたんだ。だからベレグオストに保管されてた。造り手がいなくって、宙に浮いてたとこ。
「『名付け子の成年の祝いに』。……だから、これは君のもの」
 エレイニオンは小さく身を震わせた。
 するすると巻物を閉じると、ん、とケレブリンボールに突き出す。
「ん?」
「私は――こういうの、保存しとくの下手だから、君が持っててくれ」
 ケレブリンボールはエレイニオンの菫の瞳が揺れているのを見て、ふふ、と笑う。
「『引っ越し』で無くしちゃうかもしれないし?」
「そういうこと」
 エレイニオンは目を合わせようとしなかったので、ケレブリンボールはわざとらしく言った。
「でもなぁ、俺に預けると、なんかそのうちに、形になっちゃうかもしれないなあ」
 エレイニオンは机に伏せて目を閉じた。
「……それは、いつか」
 是、と答えるケレブリンボールの声が聞こえた。瞼の裏で、エレイニオンは、寒さを冠する山に吹き渡る風を思い出していた。