「戦場」

 後の世に「怒りの戦い」として知られる大会戦の、真只中にエルロンドはいたのだが、その話を誰かにすることはほとんどなかった。大体の場合エルロンドは、その話になると西方の軍勢の威容とそこから思い起こされる栄光のことを語る。それだけで事足りた。
 そもそもエルロンドが真只中に、そう言って良いのかという気持ちにはなるが、おそらく事の中心地にいただろうと言えるのは、その時のエルロンドとエルロスの保護者がギル=ガラドで、ギル=ガラドこそ事の中央にいたからだ。つまり、彼は、ベレリアンドのエルフと人間を代表して西方の諸王と、話をしていた。
 当時ギル=ガラドと双子はシリオンのロドノール館に住んでいて、館は最終的に傷病院の有様になった。西方の軍が実際にベレリアンドに到着する前からギル=ガラドはあらゆる準備をしていたし、双子にも順を追って詳しい話をしてくれた。
 ――長く続いた戦だった。最後の同盟を経てエルロンドはそう思い返す。
 長い戦で、日々途切れることのない血のにおいで満たされた館で、双子はおそらく同じ気持ちを抱いた。
 守りたいと思ったのだ。手段は、そして歩む道もわかれることになったけれど、きっかけはここだったとエルロンドは確信している。
「ここも戦場になる」
 ギル=ガラドはそう言った。直接的な戦闘はおそらく無いだろう。真摯な瞳で続けた。
「そなたたちが実際に命の選択をするのはもっと後でいい――だが、ここが戦場になるのは避けられない」
 長く続く戦だと、わかっていたのだ、彼は。ベレリアンドの現状も、西方軍の威容と威力が、どんな結果をもたらすのかも。
「だから、見ておきなさい」
 エルロンドは覚えている。見たのだ。そして覚えている。今ならギル=ガラドがそこを「戦場」と言った意味がわかる。途切れかかった命の声をつなぎとめるために、医術の道はあるのだから。

「ああ――やっぱり嫌だ。そなたたち、バラール島に片付いておく気はないか?」
 地図を広げて説明していたギル=ガラドが心底困り果てた声で言うものだから、エルロスは半眼になったし、エルロンドも少し口をとがらせた。
「片付くってなに」
「いつまで?」
 双子の不満丸出しの声に、ギル=ガラドはますますしょんぼり答えた。
「終わるまで。ああでもあちらでも大差はないか…」
 エルロンドはエルロスと目を見交わした。そしてふたりでぱっと回り込むと、ギル=ガラドの両側から抱き着いた。
「見てろって言ったくせに」
「あなたと離れるのはやだよ」
 そ、そうか…。そうだよ! わあわあ言いながら3人で、ひとかたまりになっていた。
 遠いと思っていた嵐は今はもう間近で、それでも一緒にいるなら、どんな戦場でも立ち向かえる気がしていた。