ごきげんな報酬

 不機嫌な美人ばかり周りにいたからだろうか、ケレブリンボールは不機嫌に耐性がある。
 とはいえご機嫌な美人は百倍素敵なので、ご機嫌でいてほしいものではあるのだが。
 機嫌が悪い時のエレイニオンを見るのをケレブリンボールは好んでいる。そう言ってしまうと誤解を招くかもしれない。驚くほど寛容でしとやかな再従弟はまず滅多に怒らないし、立場に応じた顔を見せるのもうまいから不機嫌を周囲にわからせることもない。
 なので、ほんの少し。ケレブリンボールには雑だったりムッとした顔を隠さない、そのことが愛しい。
 エレイニオンだって人並みにいらいらする日はある。今日がまさにそんな日だったようで、しかも一通りの会合が終わったら時間がとれる日だったようで、エレイニオンはケレブリンボールを座らせて、たぶん膨れ面でケレブリンボールの髪を編んでいる。
 再従弟が急成長したのは第2紀の初めで、つまりは振る舞いに見目が追いついたおとなになってから1000年も経つだろうか。ちいさな両手の時から編むことには深い情熱を傾けていた。それが長くなった指では、もう呆れるほどに凝った複雑さを見せる。
「何これどうなってんのお!?」
 ケレブリンボールは己の後ろ頭を触って笑った。
「なんか色々。君の髪編みやすいから」
「は~わかんない。どうしよう解けなかったら」
「それは大丈夫。君の髪扱いやすいから」
 むっつり言い切ったエレイニオンはもう一度、仕上がりを見定める職人の目でジッとケレブリンボールの後ろ頭を見つめて、それから渋い顔で頷いた。
「まあいいか。髪飾りがもっとあれば良かった」
「そっか。じゃあ訊いてみるね」
 エレイニオンは今までと違った形に眉をひそめた。
「え、どっか行くんだった?」
 ケレブリンボールは答えなかった。にんまり唇が弧を描いた。エレイニオンは嫌な予感しかしない、といった風に引いた顔をした。
「ちょ…。解いてから行って。いや待って解く」
「ええ~。やだ。見せびらかす」
「君の見せびらかしはとんでもないところまで行くだろ」
「んふふ」
 エレイニオンの伸ばした手をケレブリンボールは立ち上がって華麗に避けた。そのまま飛び出た先でエルロンドに行き会ったので早速に自慢した。ねえねえこれどうなってる? すっごいよね!?
 エルロンドの前でエレイニオンが不機嫌な顔を見せることはまずないので、この勝負はケレブリンボールの勝ちだった。
 ケレブリンボールは浮かれてリンドンを出て、エレギオンに戻って、そこで留まらずに先まで行ったのだ。

「―――そしたら槍の注文が通ったんだよ」
 日がいくつも過ぎて、もうとっくに編まれてはいない黒髪を揺らして、ケレブリンボールは話を終えた。
 エレイニオンは困惑した顔で再従兄を見つめ返して、ゆっくりと言った。
「……は?」
「だから槍。君の。伯父上の意匠の」
 ケレブリンボールもゆっくり一言一言返すと、エレイニオンはぽかんと口をあけた。
「嘘だろ」
「本当ですぅー」
「どこに…、いや待って、いい、言わないで」
 ケレブリンボールがやっぱり人の悪そうなにんまり笑いをしたので、エレイニオンは慌てて止めた。もちろんケレブリンボールに黙る気はなかった。
「俺こんなにドワーフにモテたことなかったって言えるよね。今までのモテって結局狭い範囲だったんだなって思った。もう見たことない御仁がぞろぞろぞろぞろ来た。みーんなお髭が素敵な紳士たちだったよ。みーんな俺の後ろ頭みてやいのやいの言うの。感激と奮起が入り混じってる感じ? ちょっとした話し合いがもたれて、その間に子どもたちも見物に来て、女衆もきゃっきゃして夫に気合入れてって。言っちゃなんだけどたぶんアウレさまも知らないくらいの秘密な暮らしの一端を見ちゃった。エルフの俺が。で、解くところ見せてくれっていうかむしろ解かせてくれって、解析してもいいよって言ったら謝礼の話になったから、実はここにべレグオストの時から宙に浮いている注文がありまして…って言えたわけ。カザド=ドゥムが総力を挙げて取り組むそうだよ」
 あ、とか、わ、とか小さな声を上げていたエレイニオンは、最後の一言にがっくり項垂れて、もう一度「嘘だろ…」と言った。
 形になるとケレブリンボールは言った。だが自分がするとは言っていない。武器造りは得意ではないし。
 いつか、とエレイニオンは答えた。そのいつかが来たのだ。項垂れる再従弟は嫌がっているわけではない。ただ気恥ずかしいだけで。
 ケレブリンボールはいたく上機嫌に笑った。
「君の手柄だから君の報酬にしないとね」