帰るところと聞いて思ったのはひとつだけだった。
広い庭園に東屋がいくつか。そのどれにも、思うことは沢山あったけれど、インディスの向かったのはたったひとつ。奥の奥、そこに、彼はいるはずだった。
幻影など見たがるものではない。
東屋に、人影がひとつしか見えないのに、インディスは安堵した。
「伯父さま」
ずっと呼んでいなかったような気がする。イングウェがゆっくりと振り返る。
「ああ。インディス」
来たね、の声にインディスは頷いた。
フィナルフィンがティリオンにて王として落ち着いた頃。
末の息子は、母に懇願するように言った。
お帰りになられても良いのですよ。
どこへ帰ると言うの。そう言いたかった。その瞬間に帰りたい――と思ってしまわなければ。
「……わたくしたちは、つとめを果たさなくては。何があろうと」
掠れた声で言ったインディスに、フィナルフィンは静かに頭を振った。
「もう、果たしてくださいました」
「でも…」
「母上は、母上の愛し方で父上を愛された。そうでしょう?ならば母上の愛し方のままに、嘆かれれば良いのです」
インディスは息を呑んだ。
「わたくしは、嘆いていない…のかしら」
フィナルフィンは、どこかで見たことのある眼差しで、微笑んだ。
「母上は、ヴァンヤールでしょう」
……かつて、ヴァンヤール族みながティリオンを離れ、アマンの奥地へと移り住んだ時、インディスはもうフィンウェに会えないのが嫌で泣いたものだった。
なのに、今度こそもう会えないのに、こうなった今、インディスは泣こうとは思わないのだ。
愛したことを悔いたことはない。悔いるようなことでもない。
ある程度距離をおいた周囲はインディスを哀れむ。
とても近い周囲は諦めと、不思議に凪いだ笑みを向けた。
今でも愛していることを悔いたことはない。悔いるようなことでもない。
ただ、思い定めたヴァンヤの性情として、喪った時は心臓を引きちぎられたような気がした。
それでも耐えられたのは。耐えたのは。
(わが殿がわたくしに、望んだ、つとめ――)
“お茶会”は沈黙のうちに始まって、続いた。
ああ、そうだ、とインディスは思い出す。この悲しみ方だった。帰りたいと思ったのは。
「………インディス」
風に紛れるように、伯父が呼ぶ。インディスは顔をあげる。
「つとめは、休むこともできる…」
珍しくも迷ったように伏せられた瞳と、囁き声。
インディスは微笑んだ。頬を涙が転がり落ちていくのを感じた。