柔らかいひそやかな唸りが絶えずその場所を満たしていて、そこにしゅう、しゅうとやはり細やかな響きが混じる――ヴァイレが糸をつむぐ時には。
伝えに来たことの半分も言わぬうちに、唸りと響きによく似た声がはやはやと問う。
殿がそう仰ったの?
ええ――、と答える声も唸りと響きに巻き取られて消えそうだ。
マンドスには、こうした部屋がいくつもある。また砦もあり牢もある。彩りのない色で彩られた館は、霧のつづれに取り囲まれている。
そうしてこの館に満ちる沈黙をも唸りと響きから同時につむぐヴァリエは、手元から様々な色をつむぐ。しゅう、しゅう、と。
伝言の最中もヴァイレの手は休まることはない。伝言が終わればヴァイレは言う。
「殿がそう仰るなら」
単なる確認の印。言わぬでも了承しているのはとうにわかっている。
歴史を織るヴァリエはひたすらに糸をつむぎ、こちらはひたすら繰言に似た伝言をつむぎ、つむぐ音楽で形づくられた世界にしばし時を忘れ我を忘れただよう。
――やがてヴァイレの声に正気づき、つむがれた糸の色の渦に眩暈を起こし、ほうほうのていで無彩にたたずむ沈黙の館から抜け出す。
山の上まで逃げ帰って主に愚痴れば主は微笑んで言う。
だってヴァイレは君が気に入ってるんだよ。
こちらの溜息は増えるばかりだが使いが減るわけではなく、せめて次は糸をつむいでいない時に遣わされるのであればいいとぼんやり思う。
あの音楽は頭を狂わせて、そして他の声を望ませる。
亀裂のような、壁のような、虚空のような防衛線ではなくて。
けれど機織りの時はきっと主の言うところの“マンドス”が揃ってしまっていてきっとそれはそれで苦痛なのだろう。
伝言を携えて走るとき、僕はいつかあの手が僕の名を紡ぎ僕を織り、あの声が他の言葉をつむぐことを夢想している。
叶った時に満たされるかどうかは知らねども。