「あなたは、何ができるの」
幼い頃、父の工房を訪ねて来た客人がそう言った。
客人は小さな息子を連れてきていて(自分も大概珍らかな髪の色をしていたのだが)、その幼子の瞳がたいそう不思議な色であったと、ネアダネルは後々まではっきり覚えていた。
それよりも不思議なのは客人そのひとだった。
寝入ってしまった幼子を膝に抱いているネアダネルをまっすぐに見て、礼を述べた後、客人はその問いを発した。
「……何もできません」
しばしの沈黙の後、ネアダネルはそう言った。
客人はゆっくりと一つまばたきをして、ほんとうに?と言った。
ネアダネルは困惑して口をぱくぱくと動かした。だが客人の瞳があまりに真摯だったので、もういちど、しっかりと考えてみた。
―――ところが不意に浮かんだものに、思考は止まった。
目に見えたのは、生き生きと燃える炎だった。
「炎」
ネアダネルは何かに操られるように言った。
「炎を上手く燃やすことはできます」
客人は微笑んだ。客人の中にネアダネルは核のない炎を見た。そして怖れた。
「核を――見つけることが、できるなら」
震える声で言い切った。客人の手が頭を撫でた。
「あなたはもう、内なる世界をみたのだね!…」
悲しみを核とする歓喜の声。
ネアダネルはそう感じて、客人を見上げた。
かれは息子を抱き上げると、もうひとつできることがある、と言った。
「あなたは、誰かを幸せにできるよ。今できることを忘れなければ」
幼子は彼女の夫となり、客人は義父となった。
ネアダネルは義父の中の核のない火を見、夫の中の火の核を見つけて安堵する。
炎を上手く燃やすことはできます。その誓いを――気づかずに為した誓いを守れることを感じて。
そして心に抱く予言を思う。
誰かを、幸せに、できる。
それはいつの日も彼女の根幹にあった。いつの日も。別れの時でさえ。
誓いのように、約束された未来のように、時の果てのように。