王宮の奥庭で、はしゃぎ回った双子が、くてんと寝てしまった頃にフェアノールがやって来た。
彼にとって“王宮に来る”というのは“父に会う”と同義語であるのをネアダネルは知っている。
フェアノールの“世界”である、彼をこの世に留め得る引力である――義父に会いにくるのだと。
だからネアダネルは夫の顔をじっと見た。
会う前なのか、会った後なのか。
もっとも、どちらでもネアダネルの心から愛しさが溢れるのには変わりがないのだけれど。
おそらく、ネアダネルの膝が両側から双子に占拠されていたからだろう、フェアノールはネアダネルの目の前で立ち止まった。
あ、と双子の片方をどかそうかと思った瞬間、フェアノールはふいとネアダネルの後ろに回ると、後ろから腕を回して抱きついてきた。普段よりも幾分高い体温を背中に感じる。
「……遠くへ」
胸の上で組み合わされた手は祈りのかたち。
「遠くへ行きたい。遠くへ」
耳の横をさらさらと声がくすぐる。
ネアダネルは、肩の上でうなだれる頭に、こつん、と優しく自分の頭を寄り添わせた。
いってらっしゃいとも待っていますとも言いかねた。ネアダネルは静かに、夫の両手に手を重ねた。
「――世界の果てでも、その先でも」
ネアダネルは真っ直ぐに前を見て言葉を紡ぐ。
「あなたは、帰ってくることができる」
視線の先で義父が微笑う。ネアダネルはふと諒解した。
ああ、一緒には――それは、同じ。
「忘れないで」
すう、と光の綾の見せた幻のように義父が去る。フェアノールが顔を上げる。
しばらく帰らない、その言葉と共に頬に小さな口づけが落とされ、そして彼もまた去っていった。