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 真っ白な、しろとしか見えない色をミーリエルはフィンウェさまの青よ、と言った。
 ミーリエルの部屋のうち、仕事場になっているところは、様々な色と糸と布とが溢れていて、ほんの少し薬の匂いもして、その不思議な爽やかな香りはインディスにとってはとても馴染み深いものだった。そう言うと、はんぶん正解ね、とミーリエルはゆったり微笑んだ。
 この色はね、この染料で染めるのよ。見せてもらったふたつの甕の中には、サファイヤを砕いて溶かしたようなものすごい青と、不透明な白くてどろりとした液体が入っていて、奇妙なそれからどうしてあんな色が染まるのか、インディスにはさっぱり分からなかった。

 フィンウェさまの青よ、という声が、未だに耳に残っている。
 白でしょうと尋ねたインディスに、ミーリエルはこちらが白、と別の布を並べてくれた。見比べれば確かに、青と言われる白い布は、凍りつくように透き通りきらめく不思議な輝きを持っていて、銀のような灰色のような、そしてやはり「青」としか表現できない色をしていた。
 そして、実際フィンウェの纏う白は、すべてその「青」なのだった。

 雪のような銀色とは、よく似ているけれどやはり違う。二つの木を手入れする火の精霊の豊かな髪を眺めた時、インディスはそう思った。
 銀の木の滴の集まる川の流れとも、光の具合は近いけれどもやはり違う。
 ヴァンヤールのすみかである高い山の裏側の、切り立った山肌の方から、女王の傍らで眺めた星の輝きは、ところどころ似ていたが、やはり違う。

 染めの過程も覚えている。それはずいぶん特殊なもので、玻璃の筒と火とを使って、半日以上の重労働を伴うのだ。普段は見せないけど、ないしょよ、見せてあげる、と歌いだしそうな弾んだ声で言って、ミーリエルはインディスに「その」瞬間を見せてくれた。
 たぶんそれは、鉄を鍛える作業と良く似ていた。
 青い火。そして、灰色に輝く水。それらが渾然となって、確かに知っているある色になった。――次の瞬間、その色は薄く淡く、布地に広がるように溶けた。それで――おしまいだった。

 糸の方は、染めたばかりはまだ濃いのよ。軽やかに笑いながら言った声が今でも思い出せる。ねえインディス、これで分かったでしょう。この色は「フィンウェさまの青」よ。
 ………もちろん、今なら分かる。その青は、永遠の色なのだ。冴えて、悲しく、美しい、ミーリエルとインディスが愛してやまない色なのだった。