海辺に住むのは、祖父と祖母だ。
空辺に住むのは、父と母だ。
地辺に住むエルロンドは、アルダ一高い山のてっぺん近くで、なぜか鶏を抱えて立ち尽くしている。
真っ白いおんどりだ。とてもおとなしい。鶏にしては一種異様な落ち着きをもって、エルロンドの腕におさまっている。目をつぶって、首を身体に埋めて、眠りたそうな顔をしているような気もする。
彼の足元では、二羽のめんどりがコケコケさえずりながら(妙な表現だがここの鶏は本当に音楽的に鳴く)戯れている。少し離れたところには番らしい鶏が幾組かと、真っ赤なめんどりが一羽、ゆったりと座りこんでいる。
やがて地を蹴立てて、見事な黒いおんどりがエルロンドめがけて突進してくる。エルロンドがぎくりと身を強張らせる。
逃げたいが、逃げ場所が見つからない。腕の中のおんどりは地面に下ろしてはいけないと言われて渡されたのだ。生真面目に悩んでいる間に、黒いおんどりはここまでたどり着き、エルロンドめがけて飛びかかった。怖い。
必死で避けていると(黒い羽毛がそこら中に飛び散って、エルロンドの足元のめんどりたちはさっさと逃げた)腕の中の白いおんどりが、眠そうに頭をもたげ、一声コケッと鳴いた。
とたん、黒いおんどりはしおしおと元気をなくし、それでも怒っているような足取りで座り込んでいる赤いめんどりに近づいた。赤いめんどりもまたコケーと鳴くと、黒いおんどりは彼女の近くにどっかりと座り込んだ。
エルロンドは茫然とその一幕を見ていた。
海辺に住んでいるのは、祖父と祖母だ。今朝方エルロンドはばったり祖父に会い、せっかくだから海の鳥のものをあげようと言われて、白鳥の羽で出来た扇を渡された。何せせっかくだから大事に受け取り、懐に仕舞った。
空辺に住んでいるのは、父と母だ。この山に向かう途中で突然やってきた父は、海の鳥のもの貰ったんならこれも持っていかなくちゃ駄目だと言い、鷲の羽で出来た髪飾りを―正直、そんな派手な飾りは嫌だなとエルロンドは思ったのだが―さっさと頭に飾りつけた。取るに取れずにそのまま来た。
するとこの山で、出会った金髪の女性は、それでは地辺の鳥を抱かせてあげますと笑って、エルロンドに白いおんどりを渡した。絶対に地面に下ろしてはいけませんよ。
茫然としたままのエルロンドの腕の中で、白いおんどりは不意に身をよじり、腕を抜け出すと――飛んだ。金が濃くなり、やがて赤に変わっていく大気の中を、むしろ悠々と浮いた。
ああ、まったく夢見ごこちの夕方の話なのだ。