秋の森には、忘れられない思い出がある。
金や紅に燃えるように色づく葉と、同じ色を髪に戴いた狩人が、ちいさなイドリルをたしなめる。
「フアンはおまえの獲物じゃないぞ」
確か叔母のアレゼルと森へ来たのに、今はひとりきりで、イドリルは仕方なくこの大きな猟犬をかまっていた。フアンはたいそう従順にイドリルにかまわれていたのだが、主人を見て甘えた声を上げた。
「おばさまがいないんだもの」
ふくれたイドリルが呟くと、彼は声をあげて笑った。
「アレゼルは仕方ない。逃げる口実だ。別に狩が好きなわけじゃない。おまえが嫌いなわけでもない」
彼はイドリルを抱き上げると、犬の背中に座らせた。
「あれは崇められ、守られ、獲得される女だ。おまえは違う。おまえは狩人だ」
「どういういみ?」
「狙ったものは必ず捕まえるってことさ」
イドリルを覗き込んだ、驚くほど真っ黒な目はいたずらっぽく緩んだ。
「おまえが本気で望んで叶わないことなど何もない。我がいとこ違いの姫狩人よ」
イドリルはこくんと息を呑んだ。彼は喉の奥で低く笑う。
「だが、おまえはこの銀のおみ足に跪いて求婚する相手には惚れまいな!トゥアゴンがやきもきするのが目に浮かぶ」
そう言って、彼は跪くと、イドリルのちいさな足にうやうやしく口づけた。イドリルは真っ赤になった。
ケレブリンダルと誰より先に呼んだ彼は、確かな愛情をもってイドリルを同類と思っていたのだった。
イドリルは森に親しまなかったし、狩をしたことも一度もないけれど、彼が親しい魂を言祝いでくれたことを忘れることはない。