フィリエルのこと

 アマンへ向かう旅はヴァンヤール族が最も先を進んだ。続いてノルドール族、最後を遅れがちにやってくるのがテレリ族であった。
 イングウェは、ノルドール族の気の移ろいとそれを束ねるフィンウェを案じて、しばしばかれを訪ね、手紙(※1)を遣わした。よって、エイセルロスは非常に繁々とノルドール族を、そしてフィンウェの天幕を訪れることとなった。
先触れもまたかれの役割だったからである。

 さて、テレリ族の王エルウェは、フィンウェに強い友情を懐いており、やはり繁々とかれを訪ねてやって来た。だがテレリ族はエルダールの中で最も数が多く、多いがゆえにふたりの王を戴いても、纏めるのは容易なことではなかった。旅が続くにつれてエルウェ自身の訪れは減り(それでも頻繁だと感じるほどではあったのだが)それに呼応するように手紙の数は増えた。
 このフィンウェへの手紙を届ける役目を負っていたのが、フィリエルである。

 フィリエルは海の底のように深く光る瞳を持ったテレリであった。
 かの女は赤子の頃に暗闇に近く泣いているのをエルウェに見出されたのである。かの女の親は近くに見当たらず、ごく近くに影の凝ったごときものの気配があったため、かの女の親はおそらく帰らぬだろうと思われた。

 エルウェはかの女を妹のように慈しんで育てた。かの女は目にするもの全てを愛し、それらを称えてよく歌った。かの女の声は耳に甘く、言葉は心地よく響いたので、テレリは皆かの女を愛した。
 エルウェの兄弟たちは中でも特にかの女を可愛がったが、エルウェの溺愛には誰も敵わなかった。フィリエルは歌を愛し、言葉の生まれいづる心を持っていたが、物静かで秘密をよく守った。かの女はテレリの誰よりもエルウェを愛しており、かれの心をよく知った。そしてかの女の歌は疲れを癒し心安らがせるので、エルウェはかの女をフィンウェのもとに遣わしたのである。

※1…この時代、文字はまだ開発されておらず、従って手紙というものも無く、言伝てという方が正しいのだろうが、手紙と表記するのが最もイメージを伝えやすいのでそう表記する。
後に出てくる「返書」も同様の理由からである。正しく文書としての最初の「手紙」を送ったのはフェアノールであり、当時、婚約者であったネアダネルに宛ててのものであった。
それまではどんな内容であろうと言伝てに頼っており、ゆえに直接訪ねていくことが多かった。