バラール島のこと

 その頃、ヴァンヤール族は皆、バラール岬から陸地に繋がった島へ、その島の西端に宿営し始めていた。ノルドール族が後に続いた。かれらは中央から東にかけて宿営した。
 東を空けたのはテレリ族のためであった。ふたつの氏族はじりじりとテレリ族の到着を待ったが、ついにウルモは島を動かすことに決めた。召集は速やかになされ、島は海上をアマンへと動き出した。

 その時エイセルロスはイングウェと共にあった。島を動かすと聞かされたイングウェは、島の様子を知りたがったのだった。エイセルロスはフィンウェと共に島に戻り、その後は専ら島中の様子を見て回っていたのである。
 とはいえ、妻と離れていることはかれの心に重くのしかかっていた。
「リンダールのことが案じられます」かれは言った。
「わたしは島の事を伝えましたが、かれらには主君がいないのです。かれらはやって来るでしょうか」
「それは、われわれには分からぬことだ」イングウェは言い、エイセルロスを見つめた。
 かれは何事か、非常に悩んでいるように思われた。それが何なのかイングウェには見えなかった。エイセルロスがひとたび心に秘めたことは、かれが明かそうと望まぬ限り、エルフの誰の目にも明かせなかったからである。

 島が動き始めた時、エイセルロスは動転した。かれの心から西方への憧れが去ったわけではなかったが、かれにとってはその旅路は今進められるようなものではなかった。
 かれは動転し、イングウェの目の前を突然辞し、島を降りようとしているのかどうかもわからぬまま、駆けた。足は陸地と繋がった岬へと向かっていたはずだが、悲鳴とざわめきに方向を変えられた。
 思いがけないことに、島の東端は引き裂かれようとしていた。海の上で何かに乗り上げたか引っかかったかした島の端は、引く力に負けてふたつに分かれようとしていた。
 東の端にはノルドール族が宿営していたが、幸いにしてその引き裂かれようとしている場所には宿営のものはなかった。しかし、逍遥するノルドールのうちの幾人かが、そちらの陸地に取り残されそうになり、逃げて来ていた。中のひとりの叫びに、エイセルロスは裂かれる地の方へ駆けた。
 地面は揺らぎ、震え、裂け、今にも海をそこから溢れ出しそうですらあったが、その中にかれは、まだ持ちこたえそうな道を幾筋か見出した。裂け目の近くに、残されゆく地の方から小さな影がいくつか認められた。ノルドール族の子どもであった。
 エイセルロスは震える地を駆け抜け、子どもを抱いて戻った。かれの目に道は見えており、かれの足ならばその道を駆けることができた。ひとり、ふたり、さんにんと、かれは何度も駆けた。最後の子を抱いて裂ける地を越えた時、島はとうとう分断され、裂かれた東端は湾のただ中に取り残された。
 これが後にバラール島と呼ばれ、幾多のエルフの住処となるのである。

 しかしエイセルロスと、子らは無事に動く島の上にあった。息をつく間もなく、泣き出した子らをなだめ、親を捜してエイセルロスは奔走した。最後の子を送り届け、かれはようやく岬へ向かうことを思い立った。
 けれど島はとうに動いており、刻一刻と中つ国から遠ざかりつつあった。
 岬に辿りついたかれが見たものは、はるか遠くにぼんやりと浮かぶ、陸地のようなもの―それだけであった。
 かれは妻と引き裂かれてしまったことを知った。
 かれは悄然とイングウェのもとに戻った。そして長い間一言も口を利かなかった。

 やがて、ついにかれは言った。
「わたしは待たねばならない」
 その言葉は皆が聞いたが、誰ひとりとして真の意味を理解しえた者はいなかった。