エイセルロスの送られなかった手紙

 馬鹿なことをしているのかも。でも君は、僕が君の思うことをわかるように僕の思うことをわかるだろうから、この理由もわかってもらえるだろう。

 フェアノールさまが文字を完成された。少なくとも、ルーミルさんの仕事を改良するのには一応の決着をつけた。それで、この「文字」に慣れるためもあって、僕は君に言葉をつづる。
 会えなくなってどれくらい経つだろう?僕は、君が来ない理由をよくわかってる。だって僕もそうしただろうから。もし、イングウェさまが行方知れずになって、そのままなら?僕は捜すのをやめられないし、たとえどんなに憧れと愛の呼び声を聞いたとしても、心がついに引き裂かれる日まで留まり続けるだろう。
 ここからエンドールの便りを得る術はない。だけど僕は奇妙な確信がある。予見じゃない。でも、わかるんだ。僕は君に逢いにいく。いつかはわからないけれども、海を越えて。君のもとへ。
 僕は君を想っている。だけど四六時中、いつも、常に、というわけにはいかない。星々の下のエンドールでもそうだったように。あの頃は、それでもまだ君を多く想っていられた。駆けていきたいのを何度こらえただろう?ここは君のいる所から遠すぎて、あんまり想うと心が裂ける。ただでさえ、もう虚ろな穴が空いているのに、このうえ裂けては、僕はマンドスで君を待つことになるだろう。だから――僕は君を忘れていることにしている。忘れられるわけもないのだけど。そして、こうやって言葉をつづる時に、何にもまして君を想う。……そうすることにしているんだ。
 さあ、離れてからのことを君につづろう。そう、君を想うために、初めから。

***

 アマンに着きました!
 二つの木の光を、どうしたら伝えられるだろう?とにかく…とにかく、……光だ。言い様がない。だけど色としたら、イングウェさまの髪はラウレリン、金の木の光に似ていて、エルウェさまの髪はテルペリオン、銀の木の光に似ていると思う。他の物は思いつかない。
 ノルドールはこの光の下で、ヴァラールの館を見て、「我らの館は、領地は、どうしようか」とそれに夢中。私たちヴァンヤールは何よりまず光に夢中。イングウェさまが惚けていらっしゃる。僕がちょっとでも魅せられ方が少ないとしたら、君がいないからだろう。歌は――まだ、誰も作ろうとしない。響きだけは誰の胸にもある。声にならないんだ。
 フィンウェさまも安らいでおられる。イングウェさまは、「火が要らぬから」と言っておられた。僕は君に光を見せたい。星よりも明るい。火よりも明るい。だけど光というのは、君の瞳ほどやさしくはない。さびしいんだ。

***

 僕が一番お目にかかる機会が多いヴァラールは、長上王マンウェさまと星々の女王ヴァルダさま。このご夫妻はいつも一緒だ。普段はタニクウェイティルの頂上の宮居にいらっしゃるけど、最近はエルダールに会いにちょくちょくいらっしゃる。エルダール、と言ったけど、主にイングウェさまに会いにいらしてる。だから僕もよくお目にかかる、というわけだけど。
 マンウェさまがいらっしゃってる時は、イングウェさまが僕を自由にさせてくださるので、エレンミーレと一緒にノルドールの方々に会いに行く。エレンミーレは二つの木の光を讃える歌を作りたいんだけど、詞がどうもうまくいかないらしいんだ。(知ってのとおり、ヴァンヤールは言葉を飾ったり柔らかくしたりするのは苦手…といって手の技に長けるわけでもないけど。僕はかなりお喋りで、言葉の使い方はノルド並みだってイングウェさまがよく仰るんだけど、そうかな?)
 それで、最近出会ったノルドがルーミルさんで、彼はかなり不器用。僕の方が器用かも…。ルーミルさんは言葉ってものにすごく興味があって、タタさまにお目にかかる機会がなかったのを物凄く悔しがってる。ルーミルさんの家族は、あの痛ましい事件…湖の襲撃の時にマンドスに召されて、その後は他のひとりになってしまった方々と一緒にここまで渡って来たらしい。

 そう、家族。君に少ししか聞かなかったけど、やはり各族で性情にはかなり違いがあるみたいだ。君たちリンダールは家族…血の繋がりが濃く、族全体の繋がりも強いだろう?私たちヴァンヤールは血の繋がりは薄い、と思う。数が少ないのもあるだろうけど、族全体がひとつの家族みたいなものだ。家族がないわけではないけど…。それに、ヴァンヤールは王家があって無きがごとし。僕もそうだけど、僕らにとって大事な主君はイングウェさま。そしてインラーサさま――…インラーサさまが身籠られている。アマンで生まれる最初の子になるだろう。祝福を――僕と君の子にも。ゆく道に幸多かれと。
 ……そう、ノルドールは確かにフィンウェさまが大事で、大事ゆえかな?とても、結婚と子の誕生を待ち望んでいるみたい。フィンウェさまは、王家、というのとご自身が家族を欲しいとお思いになってるのが入り混じっているらしい。とは言ってもまだ、愛する方と出会われておられないようだけど――
 イングウェさまは結婚なさるつもりがない…だから、君たちの大事にする親族が僕に増える機会はほぼない、と言ってもいい。まぁヴァンヤールには珍しくもない。結局、旅の最中に伴侶を無くした者はいても、伴侶を得た者はいない。僕のようには。…僕はまだ、イングウェさまに言えないでいる――成年にはなったけれど。
 君は苦労しているんじゃないかな…エルウェさまは…僕はエルウェさまに会ったら殺されるかもしれないけど…君を祝福してくださると思う、けれど…。別族との結婚が許されたら、もっと子どもが増えると思うのだけど、どうだろうね?少なくともヴァンヤールの女性たちは。僕の見たところ、ノルドールに想いを寄せる女性は多いよ。

***

 トゥーナの丘、白きティリオンの都。ここが僕の今住んでいるところ。フィンウェさまが何よりも優先してイングウェさまの館――と言うより塔、かな――を建ててくださったので、イングウェさまは喜んでお住まいになっている。ということは僕も一緒。でもねぇ、やっぱりノルドの決まりは厳しいと言おうか…立入禁止らしいんだ、この塔。普通のノルドは。それだけじゃないよ。エレンミーレまで塔に入ろうとしないから、イングウェさまに抗議した。そしたら怒られた…あ、エレンミーレにね。知らない間にエレンミーレまでノルドっぽくなってて、…でもヴァンヤも最近気にしてるのかな?それとも「建物」ってものにそういう効果があるのかな?取り次いでもらうのが複雑になって…るのかなもしかして。でも僕がフィンウェさまのところに行っても、別に何も言われないけどな?

 今聞いてきたけど、僕ってヴァンヤールの公子なんだって!知らなかった!だから皆通してくれるんだって!
 …でも、それって何だろう?僕自身としては僕は伝令、使いであって、敬われたり大事にしてもらえる何かをしたわけでもないし、可愛げもないんだけど…。確かにイングウェさまの「子」といえば「子」だけど…養い子だよ?これも「しきたり」なのかなぁ…?血の力って、そんなに強いものだろうか。僕なんかは予見の力もびっくりするくらい無いんだけど…(きっとその分足にいったんだ)。

 うん、実は今、そういうふうに混乱してる。悩んでて、まだイングウェさまに、僕には君という伴侶がいることを言えないでいる。…でも、そういう事情で塔に住んでるのはごく少数で、しかも僕とイングウェさまは最近特に四六時中いっしょにいるものだから、隠し通すのもそろそろ辛い。僕は、君という伴侶を得たのを悔いたりとか、不幸に思ったことは一度もないけど、ただ――イングウェさまにまだ言っていない、というのが、辛い。そのくせまだ悩んでいるんだからとんでもない臆病者。君にあいたい。