たぶん、俺が呼んだ。
奇妙な格好に曲がった木を引きずって、歌を口ずさみ浜を歩くエルダール。
鈍い蒼の陰をもつ銀の髪を無造作にひとつに束ねて、碧の瞳は波ばかり見つめている。
呼びかけたいのに、言葉が出ない。
+++ +++
マハタンは、星の下の長い岸辺を歩いている。海――あまり近づかなかったものが、ずっと横手に延びている。星のきらめきを波が映す。この薄明をもう忘れたのか。自分にどきりとして、気づく。これは夢だ。
ペローリの東側へ行って、カラキリアを少し外れれば星は見える。けれどもこんな風に、空の天蓋いっぱいに輝く星が見えるところを、マハタンはたったひとつしか知らない。
(エンドール…?)
星明かりの美しさを忘れていた。
光の下にいるのはまだまだ、そう長くもないというのに。
岸辺を歩いている。波が打ち寄せる。マハタンの足跡は残らない。これは、夢だ。
そうでなければ、なぜ、このひとが目の前にいるのだろう。
目の前の彼が歌を途切らす。小さな溜息をついて、顔を上げて――その瞳が見開かれる。
「……、…マハタン、殿?」
引きずっていた木がぼとりと砂浜に痕を残した。マハタンは、跡の残らない己の足元を見下ろして、同じように溜息をついた。そして言った。微笑んで。
「……ノォウェ殿」
+++ +++
「ちゃんと痛いんだがこれは夢か」
キアダンは自分の頬をつねりあげてみて言った。ここにいるはずのない、あかがね色の髪を持つエルダールは、肩をすくめた。
『触れないよ』
「……?」
困って、キアダンは黙った。目の前にいるのは確かにかつて湖で会ったエルダールで、触れなくて(透けてるとでも言えばいいのか)…そして言葉がわからない。
『たぶん夢だと思うけど……ああ、そうか』
あー、とかうー、とか唸ると、マハタンは虚空を睨んで、やがてひとつの文章を口から引っ張り出してみせた。
〔言葉は変わってしまった。私たちはずいぶん長く離れていた〕
あ、とキアダンは頷いた。古い(と思える)記憶を自らも引っ張り出す。
そうして会話は始まった。
+++ +++
たぶん、私も呼んでいた。
星の満ちる空の下、言葉もなく岸辺にたたずむエルダール。
深く輝くあかがねの髪を揺らして、褪せた苔の色をした瞳で、心ばかり遠くに飛ばして。
あいたかったのはこのひとだと思った。