機嫌が良いな、と思う。
弟とじゃれあっている、金髪の従兄のことだ。
ケレゴルムはその実り豊かな時期の森のような金髪頭をオロドレスの膝に乗せている。木漏れ日の差す一画で、ゆったりした時間の中で、兎が一匹ひょこんと跳ねる。
仲が悪くはない従兄だとオロドレスは言ったが、フィンロドの目にはたいそう仲が良く見える。先日聞いた話がそう思わせるのかもしれないが。
ケレゴルムは仰のいた腕で、自分とは違う色の金髪をつんつん引っ張っている。オロドレスは薄い青の瞳をちらりと本から逸らして、従兄を見て静かに微笑う。密かな声でのやりとり。また兎が跳ねる。ケレゴルムが兎を一匹抱え込むと、オロドレスは朗読を始めた。
従兄の腕に抱え込まれている兎はオロドレスの髪と良く似た毛色をしている。ケレゴルムと狩りに行って見つけた時に「持ち帰るか」と楽しそうに抱え上げたのをフィンロドは知っている。
オロドレスの話を聞いた時、従兄との奇妙に慣れたやりとりの理由はそうだったのかと納得したものだが、同時にフィンロドの心には言い知れぬざわつきが訪れたものだった。
だがこうしてふたりを見ていると、その不安がどこから来たのか分からなくなる。
今、眼前にあるのは穏やかな秋の木漏れ日、暖かな色のある光景だ。
ふたりの間にも、最早荒涼とした潮騒と松籟の思い出ばかりではないのだろう。本を読みあげるオロドレスの声は、常とは違う艶をのせているように思う。
「わ」
後ろから、温かく重たい何かに伸しかかられて、フィンロドはよろめいた。
見れば白く輝かしい毛並みの大きな犬が、頭をぐいぐいと押し付けてきていた。
「フアン」
おまえの御主人様はごきげんだね、と頭を撫でると、フアンは何度か頭を手にこすりつけた。と、不意に身を翻す。
あ、と思う間もなく軽やかに、フアンは陽だまりの方へ、そして
「ぅわ!」
慌てた声が上がる。ケレゴルムの華やかな笑い声が被さる。
フィンロドはそちらを見て、―――ふと兆した不安に息を呑む。
弟の話を聞いた時に思ったのはこれだったろうか?
オロドレスはフアンにじゃれかかられて顔中を舐められていて、ケレゴルムはそれを見て笑っていて、何ら不安を覚えるようなことは無いはずなのに、フィンロドの心には荒涼たる風が吹いたのだ。
ケレゴルムはやがてフアンに低く何かを言い、茫然としたオロドレスを見て、……薄りと微笑んだ。
「……ッ」
フィンロドは慌ててその場を立ち去った。陽だまりには似つかわしくない光景だと、何故だか、そう思った。