ローリエンに咲き乱れる赤い花の香は気の遠くなるような重たいものだ。
踏み入るだけでもぐらりと揺れる。摘むのならなお、ぐらり、ぐらり。
……銀色の幻をみる。
花を摘むのは何のためか、それを思ってぐらりと。
どうしても手が伸ばせなくて、ただ見つめる先の花が手折られる。
茫、と見上げた先で庭園の主が微笑んだ。
その眼、灰のかかった緑が、赤い花を彩る葉と同じだと今気づいた。
マンドスにも庭がある。そこに揺れる青い花は霧のかかった色をしている。
引きずり込むような、沸き起こるような青い色。
……銀色の幻はこれを好む。
館の主は何も読ませないふかい眼で、束ねた花を渡してきた。
その眼、灰をかぶせた青は花に良く似た色をしている。
香り高い赤い花フュネラ、彩り深い青い花フュイヤル。
右手と左手にそれぞれ抱えて訪れた先で、フュイの名を持つヴァリエに出会う。
「エオンウェ」
無彩の帳を抜けたニエンナは、彩のある灰色の姿で僕を呼ぶ。
にいさまからね、とゆるやかに囁き、帳をひらく。
その眼、深淵の名を秘めた灰色が僕の背を押す。
銀色の織姫はしゅう、しゅう、と色と音を紡ぐ。
花を差し出すと紡ぎと唸りに似た声がするすると笑みの香りを纏う。
殿からね、その声が僕の頭を揺らす。
フュネラの赤は生者の慰め、フュイヤルの青は死者の沈黙。
無彩の室に彩りが満ちていく。慰めの赤、沈黙の青。音楽を奏でながら満ちあふれる。
ここでは幻をみることはない。
僕は暫しそこに佇み、揺れる花になりたくなる。
じきに色糸は渦を巻き、僕を押し流すように逃げ帰らせるのだけど、それまで、それまでは。
※Funella ローリエンに群生する赤い芥子
Fuiyaru マンドスの庭に育つベラドンナ
おそらく本来はニエンナの別名Fuiも「フイ」なんでしょうが好みとして「フュイ」にしてます。