マハタンが珍しくティリオンまで出てきたというので、フィンウェは足取り軽やかに通したという部屋に入り――
叫んだ。
「ぎゃ――!?」
「………あ、やっぱり驚きました?すいません」
被っていた方が良かったですかね、と布を片手にひらひらさせながら言うマハタンは、右手と右腕と右肩と右目…要は右上半身が真っ白だった。包帯で覆われているのだ。
「ななななな何そのケガ」
「昨日ちょっと炉で不幸な事故が」
「炉…じゃあ、…火傷?」
礼を取ってそのままに立ち上がっていたマハタンを強引に椅子に押し付け座らせて、フィンウェはきゅっと唇を噛んで怪我を見分する。
「とっさのことで、いまいち上手く避けきれませんで」
笑おうとして、微妙に眉をしかめたのを見逃すフィンウェではない。膝をつくと、包帯に包まれた手を取って、静かにさすった。
「……でも、クルフィンウェもネアダネルも怪我がなかったから、俺としては自分よくやった偉いぞって気分なんですけど」
「…………。」
マハタンは軽く後悔しながら言葉を紡ぐ。やはり、今日来るべきではなかったのかもしれない。言伝てでも何でも頼んで、それで済ませておけば良かったのかもしれない。
「それで、もし今日クルフィンウェが気塞がりなようだったら、お知恵さんそれとなく気遣って、って言いたかったんですけど――」
「………。」
手をさすりつづけるフィンウェのあまりに自己主張の激しい沈黙に、マハタンは溜息をひとつ。
「―――お知恵さん。あなたが気塞がりになったからって、煩いだんまりは止めてください」
俯いていた顔がゆっくり上がる。灰色の瞳に激しい不安が渦巻いているのは予想通り。
「…………いたいから」
小さく言われた言葉にぎくりとして、やっぱり、来るべきじゃなかった――そう思いつつ、マハタンはことさらに軽く言う。
「痛くないです。痛いですけど」
「痛いんじゃないか…」
「そりゃ、火傷は痛いもんです。今回はちょっと大げさになっちゃいましたけど、細かい火傷なら沢山してるんですよ、俺」
それは事実。指に火ぶくれのひとつやふたつは日常茶飯事。
ただ、今回ばかりは本当にオオゴトで、方々に心配をかけてしまったのだけれど。
「でも、火は」
「大丈夫です」
「でも」
なおも言い募るフィンウェの手を、逆にマハタンは引き寄せる。
「大丈夫です。ここにいます」
しっかり握って、目を見て、もう一度言った。
「俺はここにいます」
――途端にぎゅっと抱きしめられて、マハタンは面食らう。
「あ、あの、お知恵さんっ!?」
「………。―――」
囁かれた言葉に、マハタンはくすぐったそうに笑った。
「知ってますよ」
「……絶対わかってない」
「ちゃんと、わかってます」
「嘘だ」
「嘘じゃないです。……そういえば、すこし素敵なことがありました」
「………。」
「クルフィンウェがね、ネアダネルを庇ってくれました」
「…………。」
「優しい子ですね。あなたとミーリエルの息子は」
「………それで君が怪我してちゃ意味ない…」
「まあ、親ですから。そんなもんです」
不満顔のフィンウェに、マハタンは静かに笑った。――あなただって同じでしょう?