“執念く傲慢な”輝かしい金の雲雀、生さぬ母のインディスはフェアノールをいつも歓迎する。だがその子らは諸手を挙げて歓迎というわけにはいかない。
王宮に寄る時はたいてい何か抑えがたい衝動の果てのことであるので、フェアノールの愛想が良いとはとうてい言えない。それに自覚はあるが、かといって特に何かを改めるわけではないので、こどもらが竦んで逃げても仕方のないことではあるだろう。
弟妹たちがとても小さな頃、フェアノールは彼らひとりひとりに丁寧に挨拶をした。一度は必ずした。
凍てついたような黒髪の妹は硬直した。後から目線だけが離れず追いかけて来た。
濡れ濡れとした青の艶もつ黒髪の弟は、緊張して立ち上がり、何かを言おうと両手を振り回して転んだ。
やわらかな茶色の髪の妹は目も口もぽっかり開けて茫然としていた。そのうちふわふわと笑って寝たらしい。
眩い金髪の弟は盛大に泣き喚いた。この時ばかりはフェアノールも困ってインディスを振り返った。
インディスはいつの時も鈴のような声で笑っていた。
父がその場にいたことは一度もない。
そんな小さな頃に出会った印象を、上の弟は少しも覚えていなかったようだが、下の弟は律儀に引きずったらしい。
いつ会っても泣きそうな目で見るばかりか、走って逃げだすようになったフィナルフィンは、兄の背中が自分の砦だと思っている。
砦にされたフィンゴルフィンが噛みついてくるので、フェアノールはその頃きっと、弟の反応を楽しんでいた。
フィナルフィンに遇うと、金髪の弟は、当人は必死なのだろうがたいそう軽やかに逃げ出して、暫く経つと黒髪の弟が髪を乱して走って来る。
「兄上!フィナルフィンをいじめないで下さい」
何度か聞いたな、と思いながらフェアノールはごくごく冷静に答える。
「虐めていない。会っただけだ」
「じゃあどうして、フィナルフィンは泣きそうなのですか?」
「どうしてだろうな」
「兄上が来るといつも私の処に駆け込んで来るのです。兄上が怖い顔なさるからでしょう」
「あいにく生まれつきだ」
「そういうことではありません!」
「ではどういうことだ」
「それは、……ええと」
目線が下がり、頭が下がり、真っ直ぐになる。フェアノールは弟のつむじを見下ろす。フィンゴルフィンは手をばたばたと振り回す。つむじが更に下がったのを見てフェアノールは踵を返す。ああっと叫び声が上がる。ごく軽い足音が付いて来て、――転ぶ。
「そなた私の前でよく転ぶな」
フェアノールの声が投げ落とされた先で、フィンゴルフィンは弾かれたように頭をもたげた。唇をすこし尖らせて、鼻の頭が真っ赤だった。
「初めてお会いした時はそんなことありませんでした」
「おや」
フェアノールは唇の端をわずか吊り上げると、立ち上がったフィンゴルフィンの頭に手を置いた。
「言い換えよう。そなた私の前で大抵駆け通しだな。乱れてばかりだ」
言いながら黒髪をざっくり梳く。
「あの時のように編んで差し上げようか、異母弟殿?」
フィンゴルフィンは鼻だけでなく顔中真っ赤になった。
「あにうえ、きれいきれいしてますねー」
背中になついたフィナルフィンが黒髪の編み目をくるくる撫でた。フィンゴルフィンは小さくうん、と頷いた。姉には羨ましそうに何度か引っ張られたし、妹にはお兄さま素敵ね!と弾んだ声で周りをくるくる回られた。
「兄上にやってもらったんだ…」
背中をよじ登って身体の前に落ちて来たフィナルフィンを抱きかかえて、フィンゴルフィンは呟いた。
覚えている限り初めて出会った時も、兄はフィンゴルフィンの装いを直したものだった。その時も、今も、兄はフィンゴルフィンにとって不思議で、美しくて、そして傷のようなひとだった。
兄に語る言葉も、兄を語る言葉も見つからないのはどうしてだろうか。
あの出会いの時から、この思いに付ける名前を探しあぐねている。
それはきっと。多分、ずっと。