クソ童貞ヴァラとお手手つないだ話する

 私とマンウェがお手手つないだ話をする。
「話をしましょう」
「はい」
 言うと、マンウェは素直に私の前に座った。
 その日その瞬間から私は、私自身から後のすべてのクウェンディの身の安全のために、マンウェを躾けることにした。

 初めての口づけが流血骨折の惨事に終わった後、とくと考えてみたが、まずマンウェの気持ちがさっぱり不明だと気づいた。単なる好奇心だろうか。
 だいたい口づけが何かも分かっていないし、あれが口づけだと思われるとそれはそれで困る。
 しかしすぐにマンウェの気持ちがどうとか以前に、身近に迫る危機に気づいた。
 今日までの間に私は、肩が外れるのは日常になったし、指がばきばきになるのも知ったし、手首がそんな方向に曲がるのにも驚いたし、窒息して気絶するのも何度か経験した。エルウェにドン引かれたが、フィンウェにはなんとか隠し通した(彼が療養中で良かった)。
 マンウェが見たのがナニであった以上、最終的にそこまでいく可能性は大いにあるわけで。
 あの時も思ったがもう一度確信した。身体の何たるかを教えないと死ぬ。私が。嫌だ死にたくない。

 聞くところによると、アイヌアの今の姿かたちはイルーヴァタールの子ら、つまり私たちの姿を真似たものだという。
 本質的にはもっとこう音楽に近い何かの力の塊であって、姿はない時もある。姿かたちを形作れば性質が多分に反映されるそうなのだが。
 真似たもの、と言われると正直なところ性衝動があるのかはよく分からないところだ。そもそも気持ちも不明だ。しかし房事より前に根本的な問題がマンウェにはある。
 不器用どころの騒ぎじゃないと言った。
 力加減も何もあったものじゃないのだ。
 オロメはさすがに動物と触れ合う機会の多さゆえだろう、姿かたちを良く把握しているようで、力加減にも何ら困ることは見受けられない。
 それに引き換えマンウェは、そもそも姿かたちで何かをする経験というものが圧倒的に足りないのだろう。探りを入れてみたら、それはもう軽やかに姿かたちを放棄した解決法の前科が出てきて、しかもアイヌアはある意味そちらが常態であるので、誰ひとりとして咎めだてしたことが無いと言うではないか。
 それだと、困る。

「まず、クウェンディはアイヌアよりず~~~~~~~~っと脆くて壊れやすい生き物です」
「ハイ」
 幼子に言い聞かせるように言うと、マンウェは真面目な顔で頷いた。
「やわらかく儚いものには優しく!」
「やさしく!」
 復唱したマンウェの手に、私は掌におさまるくらいの石を乗せた。
「ではまず、ギュっとしてください」
「ぎゅっと?」
 マンウェはぎゅっと手に力をこめた。
 砂がさらさらとマンウェの掌から零れ落ちた。
「あ」
「………」
 私は落ち着いていた。こんなのは想定内である。でなかったら私の指がばっきばきになったりすることはない。
「……石を、砕くくらいは「やさしく」ないのは分かりますね…?」
「は、はい」
 私はもう一つ石を渡す。それからおそるおそる触るマンウェの手の外から包むように手を重ねて、ぎゅっと、した。
「あっ」
 マンウェがぴくっとした。
「これくらいです。強くてもこんなくらいです。これ以上だと、壊れます」
 何度かぎゅっぎゅとしていると、マンウェがもう片方の手を私の手に重ねてぎゅっとした。
「こ、こう……?」
 おずおずと訊いてきたが、力加減はちゃんとしていた。
「そう、そうです!」
 私が喜ぶと、マンウェは石を放り出して、もう一度改めて私の手をぎゅっと握った。
「おおおお…!」
 出来ている。私が感動してマンウェを見ると、それはそれは無邪気に頬を赤くして笑っていた。
「良いですか、マンウェ」
 私は立ち上がり、手を差し出す。きょとんとして重ねられた手、その手を私は握った。
「さあ立って。手をつないで、ちょっと歩きましょう!」
 マンウェはぽっと顔を赤らめてうん、と頷いた。私は全然頓着しないでつないだ手をぶんぶん振っていた。
 この後かなりの時間うろうろした。

 ちなみにお手手つないでる間にエルウェに会ったら「ぶっはッ」って吹き出されたので後でシメた。