みずたまりこもり

 エルダールの幼子が喃語を話す期間はあまりに短い。人の子のそれと比べると一瞬かと思われるほどである。
 しかしながらその期間は短くとも確かに存在する。
 さらにその時期の幼子が一個の嵐のようであり、同時にこの上なく愛らしいのもまた事実である。
 そんなちいさな暴君の手に掴まれてウルモはのびる。不定形流動体はこういう時に便利だ。転んでも重い頭が地面にぶつかる前に受け止められるし。そんなことを思っている。
 黒髪の幼子は危なっかしく立ち上がり、ウルモを掴んだ片手を無暗に振り回しながら、ヴァラにすら分からない言葉で何やら上機嫌に話している。
 にょん、とのびるのと、びったん、と地面に叩きつけられるのを不定期交互に繰り返しているが、幼子はいっこうに飽きる様子はない。
 にょん、びったん、にょん、びったん、喃語と相まっていっぷう変わった音楽のようである。ウルモはすこし不定形流動体を震わせて、幼子の喃語に旋律を乗せていく。
 はしゃぐ子の声は喜びの音、紡ぐ音楽は幸せの色。
 やがてことりと眠った幼子に抱きつかれぐるぐると絡みつかれたまま、ウルモはさざ波に似た唄を歌っている。
 とりどりに移り行く光と飛沫の歌、幼子の黒髪は星を絡めた色。
 ウルモは水辺の記憶に思いを馳せる。
 ―――ほどなくして戻って来た伶人は幼子と不定形流動体の様子を見て目をみはり、やわらかく唇をほどいて笑う。
 感謝の言葉とささやかな口づけに、ウルモはみずいろの姿を波の起こるように輝かす。それからするりと広がって、伶人と幼子をまとめて抱き込んでしまう。
 朝は遠い。星の下で飛沫の夢を見る。
 さあ、そうしたらもう後は、水にくるまれて音楽にたゆたうばかりである。