フロド様、おらが今日どこに行って来たか分かりますだか。
『お庭』に行って来ましただ。あの花のような方はいつ来ても良いと仰りましただからね。
でも今日、あの方はいらっしゃいませなんだ。代わりに、ちうわけではないですが、おら、不思議な方にお会いしましただよ。
エルフ、ではなかったと思いますだ。もっとも、ここはほとんどエルフたちで溢れておりますだがねえ――
もっと不思議な方でしただよ。
ああ、女の方でしただ。とてもうつくしい――ああ、それもここには溢れておりましただね、おらに身近な、それでいてもうものすごく遠い、そう言えば分かって頂けますだか。
花でもなく木でもなく、森のようだがそれより大きく、おら何て言ったらいいか分かりません、旦那、おらは庭師で花や木のことはよっく知っております。あの旅で、もっと色んなものも見ましただ。そのおらの心が、これは花だと、または木だと、いやいや森だと、ざわついて仕方ねえのです。
けれど、おらの眼の前にいたのはその方だけです。みどりの貴婦人と、そう言えばよろしいですだかねえ…
御存知でしょう、『お庭』はとてもうつくしいですだ。おらたちの良く知る、それからぜんぜん知らない樹々と花が零れ、何かなつかしい…、中つ国みたいだと、いつか言っておられましたでしょう。
フロドの旦那、そのお庭に、全く違ううつくしさが来て、しかもそれが妙な感じで、でもうつくしい、そういうことを感じて、おらもう何が何だかわからなくなっちまったんです。
それで、どうしたことか――おら今でも、何が何だかわからなくて、でもフロドの旦那、旦那ともう一度森へ行きたい気持ちでいっぱいなんですだ。
一緒に来てくださいますか、フロド様。
サムや、わたしが今日どこに行っていたか分かるかい。
わたしも出かけていたんだよ。ここから行けば東になる、あの大海を望む岸辺を目指して。
途中で行き会った方がいた。ああきっと、エルフではなかったよ。おまえの言う通り、ここにはエルフ達があふれているけどねえ。
その殿も不思議な方だった。
隣を歩いているのに、どうにも隣にはいない気がするんだ。
だけれども彼は確かにそこにいて、そして今歩いているこの地ととても親しいような気配がある。
目を向ければ彼に少しもそんな色は見えないのに、私は燃える暖かな炎や、やわらかい落ち葉の詰まった洞、重々しい岩壁に囲まれた城を思い出す。
とりとめない、他愛ない話をしながら歩いたかな。海が見える丘の上で、彼は不意に道を違えて行ってしまった。わたしはしばらく見送っていたけれど、その背中が強い陽射しに出来る陽炎のように二度、三度、揺らいで、瞬きの間に見えなくなってしまった。
炎の御方とお呼びすれば良いだろうかね。
わたしたちの苦しんだ炎とは違うよ。もっと鮮やかで、とてつもなく巨きなものだ。もっと眩しく、とてつもなく優しいものだ。
わたしは丘の上で、すっかり岸辺へ向かう気をなくして、彼の去って行った大地を眺めていた。
土の香りが温かに匂って、石の線も柔らかみを帯びている。その先に茂る緑と、それから彼方に森が見える。
萌え出る炎、そんなことを思ったよ。
ああサム、おまえと一緒にあの景色を見たいと感じたんだ。
だからね、サム、どうしようか――丘へ行くかい? それともおまえの森を見に行こうか。
何かが始まったのだと感じていた。
それをフロドもサムもわかっていて、そうしたら後は互いに手を差し出して、離さないように握るだけだ。
出かけよう。ふたりで。