メリアン王妃は元はマイアという、西のかなたに住まう聖なる種族の一員で、今は仮にエルフの姿をとっているだけなのだ。――という話を初めて聞いた時、マブルングはちょっぴり口をとがらせていた。
 どうして王妃様は夜に紛れるような黒い髪をなさっておいでなのだろう。
 本当の姿とは違って、今が仮の姿というならば、もっと輝く色を選んでも良かったではないか。
 そう、王妃様にはまばゆい色が似合うに違いない。お話を聞いただけでも、西のかなたにあふれる光は、考えも及ばないほどきれいな、うつくしいものだと分かるのだから。
 燃える火の一番外側の澄んだ金色、星明りにきらめく水飛沫の白銀、そんな色を混ぜたようなのが王妃様には相応しい。

 そんなことを長年胸に秘めていたが、今や時は過ぎ、マブルングは武人となって、王の側近くに仕える身となった。
 時の流れと共に世界もすっかり様相を変え、マブルングは月と太陽を見た。
 春に咲く花々の彩も、夏の葉の陽光に透ける鮮やかさも、秋のとりどりに染まる姿も、冬の白く霞んだ峰がきらめくのも見た。
 そして、王の御身内の方々、西からこの地へ渡って来た方々の輝く金髪を目にして、その昔思ったことがむくむくと胸にきざすのを感じた。
 どうして王妃様は黒髪をお選びになったのだろう?

 酔っていたわけではなかったが、ふと心のゆるむそんな時に、言葉はほろりと零れた。
 メリアンは不思議なことを聞いた、というふうに目を瞠り、それからどうやら幼い頃のようにとがらせていたマブルングの唇を、細い指先でちょんとつついた。
「恋をしているから、かの」
 マブルングはつつかれた唇を押さえ、じわじわと顔に朱をのぼらせた。
 あの、今はその、黒髪が、不満というわけでは、言い訳するが、ほほほと笑ったメリアンは座へ戻り、――ああきっと、この話を王にしているのだろうとマブルングは見た。

 今のマブルングは夜の美しさを知っている。
 輝く星空のような黒髪を、そして月と星の光を混ぜたようなメリアンの輝きをうつくしいと思っている。
 可愛い口をとがらせた姫がやって来て、黒髪はおイヤなのと拗ねてみせるまで、マブルングはメリアンを見つめていた。
 勿論ルシアンの唇をつつくなんて不敬なことは出来ず、マブルングは姫の機嫌が直るまで、その後しばらく黒髪の美しさを称える言葉を連ねることになった。