船の背骨を華々しく敷いたのは昨日。肋材を揃え、日ごとに組みあがる船の完成図は、とうの昔からキアダンの手元にある。
その図に魅入られたのは父トゥオルだったが、その図を実現させるべく動いたのはエアレンディルだ。
「空をゆく船を見たことがある」
この船は何かと問うた幼いエアレンディルに、キアダンは語った。
遠い昔の話、空に星明りが満ちていた頃のこと。
トル・エレスセアとバラール島、エルダールとクウェンディ、西への旅路、海を越えて…
夜空にひときわ輝く星のようだったというその船を、エアレンディルもその時見たと思ったのだ。
心に浮かんだのは何故か、物悲しいほどに澄んだ青のただ中に浮かぶ、銀と金と白だったけれど。
落下するような青。
目を灼く光の色。
染みとおる澄んだ空を見上げてる。
白い都の空は青すぎて、もう何も見えない。
エアレンディルの心に晴れた空があるように、キアダンの心にはその輝く星空があるのだろう。
お役目だと彼は言うが、そんな理由が無くても、胸の奥から吹き上げるように想いが向かっているのが分かる。
海へ送り出した船の数々を、戻って来たもの、二度とかえらないもの、そのすべてを、彼はひとつひとつ覚えている。
はじめに抱いた願いを今現すのなら。
(あの空の下で兆した思いが届くのなら)
肋材を数えて、エアレンディルは宣言する。
「空を往くが如く、疾ってみせよう」
かなたの夜を思うのだろうか、キアダンが深い海のような目をゆるりと細める。
「あまりはやく、いきすぎるなよ。空ばかり見て」
エアレンディルは笑った。
ああ、遠い昔に、海というものの存在を知った日、並んで見たのは空に寄せる雲の波だったけれども。
「僕は海をみてる」
海の味も波の音も知っている。そして行き着く岸辺を、夢みている。