ドワーフ

 出かけていって、創った7人
 帰ってきて、雛型ひとつ
 待って待って、石から目覚め
 呼んで呼んで、今度は一緒

 などと、ふらふら歌いながらケレブリンボールは工房で金細工の網目を増やしていったのだが、その網目の反対側の端っこで赤毛の曽祖父が「なんだぁ、それ?」と気の抜けたような声を上げたので、ぴしゃんと黙った。
「うるさかった?」
 そろりと聞くと、マハタンは眉を下げて、そうではなくて、と笑った。
「ドワーフの歌か?」
「ええと」
 ケレブリンボールは少し首をかしげて考えた。
「ドワーフのこどもの歌を通りすがりに聞いたのをナルヴィに翻訳して貰ったのが作業中に歌うの流行ってリズムとか変えてったりしてなんかこう気が付いたらシンダリンになってたので」
「ああ。ドワーフの歌だな」
 つらつらっとまだ言い募りそうなのをさらりと遮ってマハタンがまとめた。ケレブリンボールは、うん、元は、そう。と素直に頷いた。
「彼らの創世の歌なんだろうなぁ」
 呟いた曽祖父が何だかごきげんに見えたので、ケレブリンボールもちょっと笑うと作業に戻った。

 ………と、そういう【ドワーフネタ】はこのじじまご作業中にはぽろぽろ飛び出る話であったのだが。
 暫く経った日にケレブリンボールは件の歌を鼻歌でふんふん言いながら曽祖父の後をついて歩いて別の工房へ行った。そこは曽祖父の館から繋がってはいたが、途中からあからさまに違う建物になったので、ケレブリンボールとしてはちょっと止まってそのつなぎ目が一体どこだったのかじっくり調べたい所ではあった。けれどマハタンが止まらないから仕方ない。きょろきょろしながらついていった。全然誰もいないので、怒られることはないだろう。
 マハタンは広い作業場を抜けて、塊のような熱の吹きつける方へ向かう。
 ケレブリンボールは、ああ炉室だな、うわあ大きい炉だな、とぽかんと口を開けたい気分で入り、炉と逆側に曽祖父がひょいと手を伸ばしたのに目を向けて、
「えーーー!?」
 叫んだ。マハタンがぎょっとして「それ」を背後にかばった。
「ドワーフ!!」
「ドワーフっ!?」
「それ!なんで!」
 ケレブリンボールが指差した「それ」をマハタンは振り返り、ああこれか、と納得した。
 炉室の入り口、棚の所にあって堂々と炉室を見据えているのは確かによく知ったドワーフのかたちをした、…人形?とケレブリンボールが眉間に皺を寄せていると、マハタンは「それ」を下ろして抱きかかえた。
「そうだった。これ、ドワーフ?」
 どこからどう見ても「ドワーフの正統派でござい」といった見た目だったので、ケレブリンボールは深く頷いた。
「うん。めっちゃドワーフ」
「そうか。めっちゃドワーフか…」
 しみじみ言うので、ケレブリンボールは、マハタンがドワーフを見たことがないということを思い出した。
「何これ?」
「えっ…、………ドワーフ?」
「いやいや。そうだけど。そうじゃなくて」
 赤毛の曽祖父は時々ものすごくボケる。ケレブリンボールは手を伸ばして髭に触ってみて、手触りに感動すると同時に「それ」が怒りださないのを確かめる。初対面でドワーフの髭なんて触ったらだいたい殺される。
 マハタンはおひげ可愛いよな、とさらりと言って「それ」の頭に少しだけ飛んだ煤を払った。
「マハタンじじさまの?」
「いや、アウレさまの」
 端的に所有を聞いたらある意味予想通りの答えが返って来た。ケレブリンボールはちょっと嫌な予感がした。
「えと、前からあるの…?」
「俺が物置から掘り出したから…」
 ますます嫌な答えが返ってきた。ケレブリンボールはそっと「それ」の髭から手を放した。
「あのさ、これ、“雛型ひとつ”なんじゃないの…?」
 マハタンはドワーフのかたちをした「それ」を抱っこしたまま目をぱちくりさせた。
「……あれ?」

 真偽をケレブリンボールは聞きたくない。が、まあ間違いなく「それ」は件の雛型なのだろうと思う。
「―――物置に埋もれてなくて良かった…」
 いまやドワーフの「マハル」がどれくらいお茶目なヴァラなのかはよく知っているが、友人の正しい崇拝のためにも、わりと大事にされる場所に「それ」がいて良かったな、と思う。
 今ではケレブリンボールも、炉室に入る時には「それ」の汚れには気を付けている。