ことば、ことば

 何をきいてるの?

 そんな熱心に何を聞いてるの。ふと針を進める手を止めてミーリエルが訊く。
ルーミルは彷徨う心を引き戻したように、目を瞬く。
「クウェンヤ」
 呟くように言うと、姉のようなひとはころころと笑う。ルーミル、あたしもあなたも、誰も喋ってはいないわ。
「でも、ことば、言葉だ」
 ルーミルはうっとりと目を細める。ミーリエルはまた針と糸の愉しみに戻る。
 その針の駆ける音には糸と布の囁きが。
 風の揺らす髪と機の軋み、つづれを織り刺繍をつむぐ歌を聞かせる。
 ことば、ことば、ことば……
 ルーミルは目を閉じる。耳をすます。

 何をかいてるの?

 そんな一心に何を書いてるの?すこし首を傾げて覗き込むようにフィンウェが聞く。ルーミルは詰めていた息を吐いて、目を瞠る。
「クウェンヤ!」
 張り切って叫ぶと、王たるひとは、ふふ、と笑った。ルーミル、これを君は喋るの?
「ええ、ことば、言葉です」
 ルーミルは朗らかに答えた。フィンウェは今度教えておくれと歩み去る。

 教える前に、その子と会った。その子、フェアノール、ミーリエルとフィンウェの子。

 友たる伶人は何だかよくわからないですと眉をひそめたそれ、ルーミルの「書く」クウェンヤを、フェアノールは覗き込み、じっと見て、それからぱっと顔を上げた。
 鋼のような薄い色は父に似た色だろう。ではこの眼差しの強さは母似だろうか?ルーミルは遠すぎる過去に心をさらわれる。
「クウェンヤ?」
 幼子の甘い声に震えるように正気づく。ルーミルは弾けるように笑う。
「そう、ことば、言葉だよ!」
 フェアノールが本当に?と訊くように顔をしかめて首を傾げたので、ルーミルはますます笑った。
 言葉は何のためにある? 僕らクウェンディはどうして話すんだろう?
 ルーミルが言葉にたゆたっていた時に傍にいたふたりの、時経て得た愛し子に問いかける。ことば、ことば、ことば…
「ねえフェアノールさま、」
 ルーミルは何だか切ない思いで幼子に呼びかける。合った目に微笑みかける。
「話をしよう」
 言葉の森に分けいって、この世すべてに名前をつけるだろう。幼子は頷いた。
 クウェンヤ、世界を彩る音の響き。ルーミルはとても楽しい気分になる。