その庭に佇む花を知るのを、心待ちにしていた。
晴れの日に銀の如雨露を片手に庭をめぐる。光の粒子のような細かな雨を降らせて回って、最後にその花の前に立つ。
みどり、さみどり、彩りの異なる葉を幾重にもかさねた姿のその花は、きつく巻いた糸錘のような変わった形の蕾をも薄いみどりの殻にくるんで、横顔すら見せようとはしない。
フィンウェはゆるりと笑みをこぼすと、花にそっと雨を降らせる。
艶ましたとりどりのみどりを見届けると、如雨露に残った水でちいさな滝をつくる。
円やかな光がぬくむように溢れ、七色の彩りを花に被せて消えた。
曇天。
重たいような光の粒をまとわりつかせた花は、みどりの殻をますます重くして頑なにうつむいている。
その蕾からすんなりした首をついと指で撫で、フィンウェは溜息をつく。
移ろう光は曇りの下で深くとろけた重みをたゆたわせ、鈍色の彩を花に添える。
歌に似たかすかな呟きに、花は頭を揺らしたようだった。
フィンウェはかがんだ背を伸ばし、行き去った。
――雨。
濃い霧のような細かな雨の中、時折おおきな雫がみどりの殻を打つ。
少しずつ、少しずつ花は頭をもたげ、ゆるやかに、ゆるやかに、吐息のように薄く薄く蕾が、解き放たれていく。
風もなくひそかに開く、蝶々の羽化、白鳥の翼のひろがり、それは白と呼ぶにはあまりに透明な艶もつ花弁であったのだ。
なぜ愛でる目はここにないのだろう。
開いた花弁からしたたる雫が、馥郁たる香りを地に散らした。
明けて、霧を流す風にふわり、運ばれるように白き都の王は歩みをすすめる。
あ、吐息の如き声を洩らして駆け寄るのは、今や光に堂々と頭をもたげ、儚い花弁を幾重となく重ねた花。
その花に咲くように笑いかけ、フィンウェは身をかがめ顔を寄せる。
――と、ちいさな低いまろい唸りと共に飛び出たのは一匹の蜜蜂。きらりと光る蜜の色が、睫毛を掠めて髪を揺らす。
ごめんよ、蜂に囁きかけるとフィンウェは花に手を伸ばす。甲に、指に、乗るように触れて弾んだ蜜蜂は、光の色を透かす花弁に潜り込む。
心地よい低い唸りを音楽のように聞いて、フィンウェは過ぎ行きた。蜂の掠めた額のあたりに、光の粒が散り落ちた。
蜂が翅をふるわせ飛んでいく。
たおやかな茎をぐいと引くと、花弁から香りはしたたるよう。
なだれおちる水にかかる虹、甘く重い香りの粒。
フィンウェの髪からはこの香りがするに違いない。
手を放す。毅然とたつ花の、蜜の味を知りたいと思った。