うみのうた/マグロール

 子守唄を歌ってほしい、と寝台からお願いすると、エルロスは不思議な顔をした。
 あどけない驚きが、溢れだすような愛しさにとってかわり、マグロールの手に手を重ねる。次の瞬間にはまるで逞しい親の顔をして、何かたくらんだ笑顔を見せる。
「さみしいの」
 思ってもみなかった、おとなの顔で問われたから、マグロールは少し波立つ心を感じる。
 ここは不思議なところだ。不思議な光に満ちた、不思議な経緯をたどって、不思議な島にいる。
 はるか昔に別れた養い子が、とうてい行き着けなく思う澄んだ顔でマグロールの面倒を見る。
「ひとりじゃ眠れないよう」
 さみしいこどもの答えを返すと、エルロスは静かにマグロールの瞼を手のひらで覆った。
「さあ、目を閉じて、眠りなさい――」
 エルロスが歌い出したのはまさにこの不思議な島のような旋律で、寄せては返す波の音や、そよ風に揺れる草のざわめきを思い出す。

 僕と来てよ 黄金の月のかかる丘へ
 朝陽のさす空を見て どこまでも漕ぎ出す…
 僕と行こうよ 海と空が出会うところ
 雲が晴れていくから うみのうたを唄おう

 温かい手と優しい歌声、子守唄に相応しいそれらを携えてエルロスは歌う。マグロールは微笑んでいる。
 明るい子守唄だと思った。この幼子たちに、マグロール自身が歌ったのは、すこしかなしい子守唄だったから、こんな幸せな響きを歌えるのならば良いな、と思う。
 養い子はとっくに正しい親で、マグロールはとっくに寝かしつけられるこどもなのに、考えているのはそんなことだった。
 歌い終えると手のひらを外して、エルロスはマグロールの瞳を覗きこんでこわい声を出す。
「寝てないじゃないか、悪い子め」
「こんな恋歌みたいのじゃ眠れない」
「あなたの子守唄も恋歌だったくせに」
 エルロスは身をかがめて、マグロールの目の端に口づける。マグロールはことさらゆっくり声を出す。ねえエルロス、もういっかい。

 それもまた時の流れの前で遠い記憶になる。
 不思議な島の不思議な時間の記憶。マグロールはひとりで、やはり遠い空の下にいる。
 唄のとおり、きんいろの月が通る夜もあるものだ。遠ざかる月と訪れる朝の狭間で、マグロールは岩の上にさらけ出すように横たわっている。
 身をよじって横を向くと、視界の端にみずたまりが目に入る。水たまりではない。もうだいぶ長い付き合いになる動くみずたまりは、とても静かにそこにいて、明け行く空をうつして凪いだ海色をしている。
「……私と一緒に来ませんか 海が空と出会う処」
 マグロールは小さな声で歌った。半分の視界に空を、半分の視界にちいさな海を見て。
「私達 うみのうたを唄うでしょう…」
 みずたまりが唄に震えるように光の粒をきらめかせる。
 澄んだ朝が来たら、海へ行こう。もう少ししたら立ち上がれるから。
 マグロールは歌っている。はるかな島を思い出して、ずいぶん幸せな気持ちになる。