「3-7-9」

 エルロンドが書庫に戻って来ると、ギル=ガラドがちょうど踏み台に乗って巻物に手をかけたところだった。
「取ろうか」
「いや――取れた」
 ちいさな保護者はちいさなままだが、双子はすくすく背を伸ばしたので、ギル=ガラドが踏み台に乗るとちょうど目線が同じになる。彼が台から降りると、エルロンドからは彼のつむじが良く見える。ということはつまり、手元も良く見える。
「ヴァラクウェンタ?」
 しゅるりと開かれた巻物の、特徴的な飾り文字が目に入った。ギル=ガラドは、うん、と頷いた。
「エルフの3氏族の説明はともかく、ヴァラールのこととなるとどうしたものかと」
 エルロンドはしばし沈黙して記憶を探った。アイヌリンダレは聞いた。間違いなく。ヴァラクウェンタは…聞いただろうか? むしろヴァラールの話は、実際にヴァリノールで隣人として暮らした者の…少々気安いことばかり聞いた気がする。
「ちょっと待って。余計な記憶しか出てこない」
「余計な?……ああ、マグロールが盛ってたのか」
「それもわかんない。マエズロスも盛ってたかもしれない。待って正解がわかんない」
 ギル=ガラドはエルロンドをしげしげと見て、気の抜けた笑顔になった。
「つまり――我々は誰もお会いしたことがないものな。気に病むのはやめよう」
 エルロンドもゆるく笑い返した。それから恐る恐る聞いた。
「…………会う、こと、あるの…?」
 ギル=ガラドは笑顔を深めた。
「ヴァラールが7人。ヴァリエアも7人…」
 そのままぶつぶつ言い出したので、エルロンドは丁重に聞かなかったことにした。何せエルロンドは親戚でないお偉いさんに会ったことなどてんで無いのだから。
「14人の中でアラタールが――」
「8人だね」
 ギル=ガラドはきょとんとした。一瞬、稀有な色の瞳がぎゅっと緊張して、ほどけた。
「9人。……そこから1人が堕落した」
 ギル=ガラドははあ、と溜息をついた。そうだな、と繰り返す。
「エルロンド、初めて聞く者にわかりやすいように整理する気はないか?」
「誰に教えるの?」
「ここに避難する者たちに。味方でも、怖いだろう、知らないと」
「……知ってても怖いよね」
「本当に」
 うん、やる。エルロンドは頷いた。数年前から戦の準備をしているのは知っていた。西方から使者が来て、そしてこの後も援助が来るのだと。つまりは父の使命は成功したのだ。かつて星を見上げた時にはわからなかったことが、今ではわかる。
 ギル=ガラドから巻物を受け取ると、彼は気の重そうな声で言った。
「……ヴァラールに何人会うことになるかはわからないが、エルフの3氏族の王には……おそらく会うんだ」
 エルロンドは極上の微笑みを浮かべた。
「がんばって、ギル=ガラド」
 ギル=ガラドはしょんぼりと3人からで良かったと思うことにする、とぼやいた。