兄弟

 フィナルフィンは自分の兄たちに出くわした。正に出くわしたと言いたくなるような妙な状況の兄たちだった。
 近づくのがためらわれるほど妙だった。
「………あにうえ、何してるんですか」
 しかしながら放っておけない兄に、フィナルフィンはぐっと腹に力を入れて話しかけた。小さい頃はともかく、今はフィナルフィンはそうフェアノールが苦手ではない。もとより嫌ってもいない。ただ少し、気合いを入れないと話しかけ始めるのは難しい。
「見てわからぬか。飾っている」
「飾られている当人がとても同意してるようには見えないですが」
「嫌嫌ばかり言うからだ」
「イヤイヤ…」
 それは、言っただろう。
 庭なのは良い。天気も良い。花咲く庭園で過ごしたくなる気持ちはわかる。
 フィンゴルフィンがいるのも良い。兄はけっこう花が好きなのだ。この季節はよく愛でて過ごしているのも知っている。
 フェアノールがいるのもまあ、わかる。もちろん王宮はつまり家であるからして、いて悪いことなど何もない。
 肝心の兄たちが一緒にいる状況だが、これがわからない。わからないというか、視界に入った状況を理解するのを拒みたくなる。
「兄上が気絶してるのは置いておいて」
「そこを置くか」
 フェアノールは鼻を鳴らしたが、手を止めようとはしなかった。フィンゴルフィンの髪にリボンを編み込む作業だ。フィナルフィンは兄たちに近寄ってしゃがみこんだ。見上げると、妙な話だが兄はけっこう安らかに気絶していて、作業中のフェアノールはなんとなくご満悦な雰囲気だった。
「あにうえが編み編みしてるのも良いとして」
「そのふたつを良しとすると、この状況に何も疑問はないと思うが」
 フェアノールは手を伸ばして新しいリボンを手に取った。
「いや。何故ですか?」
 どうせそうしたくなったから、とかなんだろうなあとぼんやり考えながらフィナルフィンは訊いた。
 フェアノールは答えなかった。するすると編み終えると、華がないなこやつ、と呟いた。
「お花飾るとか」
「摘んで来い」
 はぁい、と返事をして立ち上がった時、フェアノールは別のリボンを持って思案顔をしていた。

 花を抱えて戻ってみればこれである。
「あにうえ」
「なんだ」
「状況が悪化しているのは何故ですか?」
 フェアノールは何を言っているのか分からないなという顔をして見せた。
「特に変化はないぞ」
「いいや兄上縛られてますよね?」
「結んではいるが」
 きゅ、と音をたててフェアノールは蝶々結びをもうひとつ作った。場所はフィンゴルフィンの手首だ。手首同士だ。
「可愛く結んでもダメ!」
「いいから花を寄越せ」
「良くないですよ!」
 フィナルフィンは花をぶっちゃけて叫んだ。フェアノールは呆れたように肩をすくめると、いささか乱暴にフィンゴルフィンを抱えなおした。
「起きないこれが悪いと思わないか?」
「同意するわけないこと訊かないでください」
 フィナルフィンはしゃがみこんで花を拾い始めた。ぶちまけたは良いが兄たちに降り注いだ花がなんだか妙に似合ってしまって困った感じになっていた。やるんじゃなかった。
 フェアノールは手近な花を拾うとフィンゴルフィンの髪に挿した。そして喉の奥で低く笑った。
「そなたは何故、私に話しかけた?」
「え」
 今日のことだろうか。フィナルフィンは首を傾げた。
「兄弟だから?」
 フェアノールは目を細めた。随分と優しい声音が返って来た。
「そうだな。自分で選んだ関係ばかりでは息が詰まる」

 呑まれた、というのが正しかっただろうか。なんとなく言葉を失って言われるがままに花を手渡していたら、いつのまにかフィンゴルフィンの頭が花で埋もれていた。フェアノールは声たてて笑うと、それは勝手にしろ、と手首を指さして立ち去った。
「兄上、起きて…」
 去り際にフェアノールはフィンゴルフィンをフィナルフィンに向けて放り出した。おかげで受け止めたままふたりで地面に転がっている。
「起きて…」
 フィナルフィンはもう一度呼んだ。何か良いことを伝えられそうな気だけしていた。妙な状況は変わっていなかったが。