王様

 僕のところまで、お知恵さんが来たことがあった。ひとりで。

 フェアノールを連れてはよくあったことだが、ひとりなのは珍しいことだった。ルーミルはいつものように、何もかも放り出して出迎えた。そして、まるでエレンミーレのように階に腰かけて、どのくらいか、奇跡のような休み時間を共に過ごした。
 思い出すんだ、とフィンウェは言った。
 遠い湖が思い出されてならない。
 階から開けた空に向かって、風に髪をなびかせて、フィンウェは言葉を続けた。ルーミルは振り返った。尋ねられた問いに耳を疑ったのだ。
「今また旅に出るなら、君はどうする?」
 憧れを秘めた眼で遠くを見て、フィンウェはそう問うた。
「ルーミル、どうする?」

「率いるのは誰?」
 ルーミルは尋ねた。フィンウェはきょとんとした。
「――それは、大事なことなの?」
「勿論!」
 空に飛んでいた視線を引きおろしたフィンウェに、ルーミルは真摯に言う。
「だって、お知恵さん。あなたじゃないなら、僕は行かない」
 フィンウェは数瞬遅れて、ゆっくりと左耳をおさえた。
「……そう?」
「そう」
 ルーミルは笑った。だって、他に誰がいる?

「そう…」
 フィンウェは繰り返して、また遠くを見た。空の彼方に――何を見たのだろうか、その瞳が、ほんの少し潤んだ。