フィンゴンの息子の母(つまりは奥方だと思うのだが本人もフィンゴンも否定する)たる彼女、灰色の髪に紅い瞳の、奇妙なノルドール、ニルヴァーナは、他愛もない雑談をふと途切らせて、私の顔をまじまじと見た。
「しまった。“あかがね”ちゃんを産む手があったか」
「……“あかがね”ちゃん?」
「…ルサンドル、だろ?」
「そうだが」
「“あかがね”ちゃんの血筋じゃないか」
「……………というと?」
ニルヴァーナの言葉にはたまにわからない単語が混じる。クウェンヤでもシンダリンでもない。かといって人の子の言葉でもない。ましてや黒の言葉でもない。
近いものは、遥か昔、歌で聞いた。本当に幼い頃に、滅多に歌わないひとの唯一の歌で。
「お前と結婚して赤毛の娘を産むのも魅力的だったな、と」
「……………」
しまった。どこから突っ込めばいいのかわからない。
「どうしてわかる…」
口から出たのは一番どうでもいいツッコミだった気がしてならない。
「赤毛か?だから、“あかがね”ちゃんの血筋だからな」
「その…“あかがね”ちゃんが良くわからない、んだが」
「ああ、そうか」
ニルヴァーナは、ふむ、と唸った。
「マエズロス」
「ああ」
「お前の母君の名前は?」
「ネアダネル、だが」
ニルヴァーナは今度はうぐ、と唸った。
「……ええと、母君の父君の名前は、マ…」
「マハタン」
「そうマハタン。…え、そこか」
「何が」
「いや、その、ちょっとびっくりしただけだ」
少し苦い顔をして、彼女は言葉を続けた。
「マハタンの母がネーナール、ネーナールの父がマイカナール。つまりは初代“あかがね”ちゃんだ」
……確かに、母の家系は代々赤毛ではあるのだが。そこまで遡っての話題は初めて聞いた。
「“あかがね”ちゃんの家系はずっと、長子は赤毛だ。そして、必ず男と女が交互に生まれる」
だからお前のこどもは娘で、赤毛だぞ。間違いなく。
ニルヴァーナはけけけと笑って、そう言った。
「“あかがね”ちゃんか…」
「ルサンドルな。随分綺麗に変わったものだ。言うなれば“あかがねの冠を戴きし者”だぞ」
「……そのそれは、いつの言葉なんだ?」
おそるおそる訊いてみれば、ニルヴァーナはまずった、という顔をした。
「あのなマエズロス……フィンゴンには秘密だぞ」
「―――な、なぜ」
「吾がそこまで年上だったと教えたくない」
「……………あの、そんなに年上なのでしょうか」
そんなことを聞いた瞬間に口調が思い切り改まる。…もうこれは条件反射だ。仕方ない。
「…クウィヴィエーネンで生まれた」
………それは少なくとも私の祖父たち(父方も母方もだ)と同世代、ということで…と、ちょっと眩暈を感じた私に、ニルヴァーナはぼそっと言った。
「ネーナールと幼馴染だ」
「そうかクウェンディの最初の言葉か!」
聞いてしまった事実から目を背けたいあまりにかぶせて言い切った私を申し訳なさそうな目で見て、ニルヴァーナは、そうだ、と返事をした。