アナイレは暗闇ばかりが広がる外へ続く窓辺にいた。
広場は幸いにして見えない。だが遠くにちらちらと動く火、そして高まる声の響き。ざわめきと、煽る声。駆り立てる、声。
アナイレはそれを感じる。
「……あたくしは、ゆかないわ」
挑むように暗闇に告げると、アナイレは身をひるがえして部屋を出た。
アレゼルはいっそうきうきと、アルゴンは自信満々に、フィンゴンは冷たい炎に囚われたかのように冷静に、けれど鮮烈にゆくことを決めた。
トゥアゴンは溜息の数が多かったが、ゆくのだろうとアナイレは思った。
残らない、誰ひとり。
アレゼルとアルゴンとトゥアゴンを抱きしめ、フィンゴンにキスを贈って、アナイレはフィンゴルフィンを探した。
夫は、ひとり呆然と、アナイレがしていたように暗闇ばかりが広がる外を眺めていた。
服は改めたが、髪だけは祝祭のままに結われていて、その花のように編まれた髪に絡まる鋼がどうにも憎らしくて、アナイレは小さくフィンゴルフィンの髪を引っ張った。
夫はのろのろと振り返り、アナイレを見た。唇がわなないたが言葉が出ないようだった。
「フィンゴルフィン」
不意に、息苦しいような衝動に襲われ、アナイレはフィンゴルフィンに抱きついた。
「ああ、愛してるわ」
耳元で囁くと、フィンゴルフィンは優しく、けれどきっぱりとアナイレを引き離し、瞳を覗き込むと熱烈な口づけを、した。
長い口づけの間にアナイレは、フィンゴルフィンの髪から鋼の飾りを抜き取った。
「ねぇ」
フィンゴルフィンはアナイレを抱き支えたまま、なんだかとても呆けた顔をしていた。
「……ここで、見届けてさしあげるわ」
フィンゴルフィンはゆっくりと笑った。
不恰好にぎこちない笑みは、あまりに多くの感情を抱えていて、混沌としていた。
それも、アナイレの愛したものだった。
残らない、誰ひとり。
アナイレはひとり、夫の髪飾りに口づけた。
「そうよ。最後まで…」
見届けてさしあげるわ。
吹き込んだ風の冷たさに、アナイレは気づかないふりをした。