水の王は青くない雫を溜めこんでいる

 不定形流動体のウルモが10年に1度(この場合の年はヴァラールにとって、のものを指す)アウレのところにやってきて、明暗のさまざまな青い、石のような雫を置いていく。
 だいたいにおいてアウレは工房にいて、更にだいたいのところマハタンはその近くにいるので、ウルモが突然ぶわりと膨れるように姿を成すのを見たことは何度もある。その雫をざらざらと流し出す時はいつも、直前になってからアウレが慌てて器を探しだすので、何度目からはまだ日数を数えるということを分かっているマハタンが、今回もそろそろだなと器を用意するようになった。
 そうやって何度目かの頃に不定形流動体のウルモもそれに気づいたらしく、いなくなる前にうにうにと頭を撫でられた。褒められたのだと解釈しておく。
「………ウルモさまはいつもあのお姿でしたっけ」
 面妖な不定形流動体の感触だったな、とマハタンは自分の頭を何となく押さえて呟く。
「私が手伝うと怒られる」
「どなたに」
「マンウェに」
「……大変ですね」
「ちなみにあれはよくのびる」
「はあ」

 青い雫は触れ合うと星のきらめきのような音で鳴る。マハタンはある日、そのりゃるりゃる響くのを楽しみながら、雫を色の明暗で分けてみた。
「これ、どうするんです」
「そのうち返さなくては…」
「ウルモさまに?」
「伶人に」
 え、とマハタンは声を上げたが、その時炉からとんでもない爆発音が上がったのでふたりしてそちらにかかりきりになった。

 あいにく青い雫をウルモが持ってくるようになった始めをマハタンは知らない。
 ウルモは雫を持ってくる時、一言も口を利かないし、器にあふれる四万に少し届かない数の輝きの粒はそれは素晴らしい音を奏でているので、口を挟む隙がない。
 しかしある時、そうやって流れる雫が三万を超えた頃、ひとつの雫がりぃん!と鳴った。
「あ」
 飛沫のように跳ねて、マハタンの手に飛び込んで来たその雫は、血の滴るような赤色をしていた。
 びゅる、と腕に巻き付く感触に、咄嗟にマハタンは雫を握りこんだ。待って、待ってこれは――
「マグロールのでしょう?」
 悲鳴のような声が出た。ウルモの姿が膨れ上がり、透き通るきらめきはそのままに、もう千年見ていない孫の姿をかたちづくる。
 ―――私のだ。
 響いた声は水の王のもので、ぽろりと手から飛び出した赤い雫を飲むようにして姿はほどけ、……消えた。
 立ち尽くすマハタンの頭をアウレがとんとんと撫でる。
「何です」
「説明がいるかなと」
「いるに決まってる…!」
 噛みつきそうな勢いで振り返ると、アウレは実に情けなく眉を下げた。

「彼の分はどなたに…、どなたにお伝えすれば」
 青い雫を指すと、宥めるように頭を撫でられた。
「お前は心配しなくていい」
「ああ――もう」
 アウレは黙って胸を貸してくれたので、マハタンは好きなだけ唸った。
「見守ってくださっている、ということなんでしょう?………なら、……いいんです」
 ようよう絞り出したのはずいぶんと掠れた声だった。
 行方不明の孫は生きている。しかし、嘆き続けている。……嘆いている。けれど生きている。飲み下すには当分かかりそうだったが、受け入れるべき現実だった。

 次の時がめぐり、消え失せるウルモの姿の中に、青以外のすべての色の雫を見て、マハタンは深い深い溜息をつく。
 青い雫の美しい響きも、憂いの形と知れば悲しい。
 水の王のあの姿が虹色で埋め尽くされる前に、嘆きの歌が止まることを切に願った。