知らない方に遭った。
“知らない方”だがフィンウェはそれが誰だかわかっていた。
「奇遇ですね」
声をかけると彼は思い切り綺麗な眉をひそめて、“不快だ”といった表情を作る。
「ノルドの王がここに何用だ」
「特には、なにも」
あなたと同じです――そう言って、フィンウェは彼の隣に腰を下ろす。
「誰が座っていいと言った」
即座に投げられる言葉に、彼が暇をもてあそんでいたことを確認する。
「おや、…許可がいるのですか?」
「いや」
下に落とした目線に、彼の白い長い細い指が飛び込んでくる。それはくるくると踊り、ふらふらと蠢いていた。柔らかい空気と光を優しく愛撫するように。
その指は、その手は、音楽のようにも感じられた。まだ知らぬ、まだ聞かぬ、おそらくは理解すらかなわぬ音楽。
…そう、理解すらかなわぬ。
「何をしている」
「手を見てます」
「……何故掴む必要があるのだ」
「なんだか消えそうでしたから」
彼はあきれたような笑いを一声、放った。
「消えるものか」
「でも、……消えたくなりませんか?」
彼は黙った。だからフィンウェも黙っていた。
「消えたいのはお前の方だろう」
彼が言った。
フィンウェは彼の手から顔を上げて――彼に向けて、嫣然と微笑んだ。
「そうですか?」
「…………」
彼はフィンウェの手から自分の手を取り返すと、ぽつんと言った。
「殺してやろうか」
フィンウェは笑みを少し、深くした。
「まだ――」
+++ +++
ここにいらっしゃったんですかぁ、とのんびりした声がして、不思議な色合いの金の髪をしたエルフがひとり、駆けてくる。
フィンウェはまだ隣にいる“知らない方”をちらりと見やって、駆けてくるエルフはいったいどうするかと、ぼんやり思った。
「フィンウェさま、こんにちは―――と、」
エイセルロスは言葉を切った。数瞬、間があって、それから困ったように笑った。
「え…と、あー、ちょうど良かった、です。こんにちは」
明るく挨拶された彼は、先ほどフィンウェに声をかけられた時と同じように思い切り不機嫌な顔をして、だからヴァンヤは嫌いだ、と呟いた。
「何言ってるんです。ヴァンヤどころかエルダール全部嫌いなくせに」
「特にヴァンヤは手に負えぬ」
「私としてはノルドも手に負えなくなっていただきたいんですが」
「ノルドは可愛いな」
「またまた、ご冗談を」
すらすらと紡がれる言葉にエイセルロスは笑った。
「おふたりとも仲が良いですね」
ふたりは口をぴたりとつぐんでエイセルロスを見た。妙に似ている目線だった。
「で、ですね。フィンウェさまにはこちらを。それから――」
エイセルロスはてきぱきとフィンウェに手紙を渡すと、彼に向き直った。
「ご兄弟からご伝言を預かっております」
「要らん」
「会ったら言うように、と」
「自分で言わねば意味がないと言え」
「……まだ何も言ってないです」
「聞かずともわかる。それが返事だ」
エイセルロスは全く取り繕わない、ぶーたれた表情をした。
「それ、私、すっごい役立たずじゃないですか…?」
「ヴァンヤなぞ全て役立たずになってしまえ」
あっさりと言い切った彼にエイセルロスは口をとがらせて、それから収めてはいはい、と投げやりに言った。
知らない方はふふんと笑って、それから立ち去っていった。