ここはあなたの髪の色、とうたうようにミーリエルが言って、染めた糸を慎重に光にかざした。
「いい出来だわ。ありがとう、エイセルロス」
初めて切った髪はすべて染料に化けた。その技を持つ彼女はとうにおらず、エイセルロスは、彼女の残したものを誰に引き継げば良いのかと思案しながらも、髪が伸びるたびに切って、紐を作ったり縄を縒ったりして、それはだんだんと増えていった。機は動かしたが何も織らなかった。髪紐も何本も作った。自分の髪で自分の髪を結うと全く目立たないので、幾人かには結うというより、編み上げているのだと思われている。
星の下で、愛しいひとが僕の髪を梳く。さらさらと、渡る風のように、星の光に照らされた木々の甘く淡い色だと言って。
この色の髪は誰も持っていない。さて、父上と母上はどうだっただろう。記憶をさぐれど、思い出すのは今の主であり養い親たる王の、まばゆいほどの黄金色であり、それは自分とはちっとも似ていない。
星の下に戻れたら、さて君は、この紐や縄を何に使うだろう。
++ ++
放っておいても作っただけ無駄にしているようなものなので片っ端から使っていたから、逆にミーリエルがマンドスで怒ってでもいるのだろうか、とちょっとエイセルロスは焦った。
この色の紐にもいろいろある。
門外不出の(とはいってもエイセルロスはどんな組合にも家にも属していない。だいたい、これは本来はフェアノールにでも引き継がれるべきものであろう)技の使われた、全部髪の毛混じり気なしのもの。染めた糸と髪とが混ざっているもの。染めた糸で作ったもの。
ミーリエルの声が思い出される。
(やっぱり本物には適わないのね。本物から作ったのに)
「あのー、フィンゴンさま?こっちじゃ…ダメですか?」
「だめ!こっち!!」
弱った。確かにさしあげますとは言った。
だけどまさか、100本以上ある紐から、1本も間違わずに、髪だけで出来たものを選ぶなんて。
「で、でも色とか、変わらないでしょう?こっちでも」
「違うよ、全然違う!…手触りも違うし」
子どもに言われて、うぐ、とエイセルロスはつまる。
さすがノルドールの王家の子…とズレたことを考える。
だが、だからといってほいほいとさしあげてしまうわけにはいかない。確かに技によってイイ感じに加工されているとはいっても…髪である。しかも自分の。
自分のだからほいほいと使っていたのであって、他人の、というのはいくらなんでもちょっとヤな感じがするものではないか。
弓弦のように1本だけ、ならまだしも、れっきとした紐である。ある程度の太さがある。
……気になる。
エイセルロスは、何と言って気を変えさせようかと思案する。
結局、子どもと子どもの父親の説得に根負けしてさしあげてしまったのはいつもの話。
さて、とある宴にて、幼馴染は。
「フィンゴンがそっちに行ってるんですって?」
「うんまあちょくちょく」
「邪魔だったらとっとと蹴りだしてやって頂戴」
「もうやってるよ。…弟たちが、だけど」
「まあ。我が息子ながらすっごい諦めの悪さね」
「……アナイレ」
「何?」
「あのさ、…あの――今日の髪って、君が結ったの?」
「そうよ。…………つまり前の髪はあなたが結ったわけね」
「ん、…そう、紐がさ」
「彼の髪?」
「(むっつり)」
「ずるい?」
「ちょーズルい。ああもうほんっと羨ましい」
「そう?」
「僕を差し置いてあのひとにおねだりするなんて、なんて図々しいんだあの野郎」
「そうねぇ」
「怖いもの知らずだし、一種傲慢だしアレ。…バカだし」
「そうね」
「僕のことなんか全然考えてないし!」
「そうよねぇ」
「……アナイレ。そろそろ怒ってよ」
「やーよ、フィンゴンのためなんかにあなた怒るわけ?」
「悪口言われまくったら普通怒らない?」
「怒られたいのはあたくしにじゃないでしょ」
「………。フェアノールの息子で、さ。この年で、さ。いっそ年で分けてくれれば良いけど、僕って従兄弟の長男なんだよ。残念だけど」
「……。」
「ね」
「………ごめんなさいね」
「謝ってほしいわけじゃないけどさ。…ううん、ごめん。でも僕も――疲れるよ」
「悲しい、わね」
「……コドモは何にも知らないしね」
「もう少し待てばいいのよ」
「待つ――待てる、かな」
「あの子はすぐ追いつくわよ」
「そう?」
「そう」
「そう…、かな」
「だってあの子、あの紐、彼のだから欲しがったわけじゃないもの」
「………え」
「あの色、あなたの目の色よ。気づかなかったの?」
「――…それはちょっと、畏れ多いな」
「そんなものよ」