エアレンディルが誰にも言わず、ただ心に抱き続けていることがある。
海ってどんなところ、と、ごく幼い質問に答えたあるひとのことだ。
都では少し外れたところにある小さな泉には、ほとんど誰もいなかった。
物みな真白に染まる、真昼の一時に、そのひとはよくそこにいると、エアレンディルは知っていた。
豪奢に飾られた噴水の多い中、泉はとりわけ簡素で、陽の光にはそのひとの肌のように白くあった。
「私は知らない。父君に聞け。よく、知っているだろう」
そのひとは、たいてい誰の前でも静かな微笑みを絶やさなかったが、ただエアレンディルとふたりきりの時は、決して微笑むことはなかった。
だからエアレンディルは、きっと他の誰よりも、そのひとの瞳がどんな色をしているのかを知っていた。
「その水は血のような味がすると言う」
氷りついたような表情で、そのひとは泉の水を見て呟いた。
「その波の音は、心狂わす響きで迫ると言う」
泉の波紋にそのひとの顔は揺れ、歪んだ表情をかたちづくる。
「見たこともない。だが川の行きつく先がそうであるように、我らもそなたも、行き着く先は同じ岸辺と、」
エアレンディルは水面から目を上げる。言葉を切ったそのひとの瞳は、確かな希いを滾らせていた。