眠る、だけ

 幼いフェアノールが眠る時、傍らにはいつも父の温もりと声とがあった。それはフェアノールにとっては当然のことだったが、他のフィンウェの子らにとっては特別なことだった。
 特別であったから満たされていたわけではない。フィンウェはフェアノールが寝つくと、するりと寝床を後にしてしまって、決して同じ寝台で朝まで一緒に眠ってはくれはしなかった。早起きすぎるのではないと気づいた日、心に押し寄せた不安の重さをフェアノールは覚えている。
 それが溢れ出たようにフォルメノスでは、フェアノールはフィンウェを離さなかった。腕の中に閉じ込めて。身に強く抱いて。
 フィンウェはフェアノールが寝つくまでに色々なことを話す。フェアノールの話を聞いて、それに答えて。フェアノールがねだった世界のあれやこれやを語ってくれることもある。そして、その声にたゆたっているうちに、いつのまにかフェアノールは夢へとすべりおちていくのだ。
 もしかすると眠りの魔法などというものが、その声には含まれていたのかもしれない。
 ………フェアノールは見たことがない。だから、推測することしかできない。眠りについたフェアノールの顔を、フィンウェがどんな眼差しで見ていたのか。そしてどういう風に寝台を抜け室をすべり出て行ったのか。――今、フィンウェとフェアノールは同じ寝台で眠って、そして必ずフィンウェが先に眠る。
 フェアノールは父の寝顔をじっと見つめて、触れられない愛おしさというものがあることを知る。
 あの頃、共に眠らないことがフィンウェの甘えだったとしたら、今はこれがフィンウェの甘え方なのだろう。夜の帳の中でふくれあがる愛しさは、切なさのように少し鋭い。
 甘やかすのも楽ではない。今ではフェアノールもそのことを、よく分かっている。