だってあなただけ

 歌って、とねだったことがある。
 いつだったか、ふたりで、花の咲き乱れる草原でむせぶようにじゃれあった日のことだ。フィンウェは子守唄を歌いかけて、首をかしげてやめた。
 どうしたの?―――あなたには似合わない気がして。
 フィンウェが首をかしげつつ恋唄をひねり出している間、ミーリエルは花と花をひねり合わせて花冠を作っていた。

 歌わないで、とねだったことがある。
 あたしの為だけに歌って。子守唄もだめ。―――子にも?
 ミーリエルは笑う。だめよ。だめよ。あたし嫉妬で気が狂うわ。

 ミーリエルに近づく時、フィンウェはとても臆病だった。物音に身をひるがえす野兎のように、いっそおずおずとミーリエルを見て、やわらかな声で許可を求めるのだった。
 本当は、ミーリエルが許しても許さなくても、フィンウェは自分のしたいようにする。それだけの強さも厳しさも持っている。けれどフィンウェが許しを求める時、ミーリエルはそこに幼子のような甘えと問いを見つける。それに返す答えはいつだって、ただひとつしか持っていない。

 ――それも、おずおずと差し出された告白だった。子守唄を、歌ったと。
 誰に? ミーリエルは傲然と尋ねる。誰に? ねえ誰に? だめって言ったわ。
 フィンウェは慌てて、そしてやはりおずおずとねだる。
 ごめん。ごめんよミーリエル。ねえ、許してよ。あのね…
 ミーリエルはフィンウェを抱きしめる。
 それなら許してあげるわ!
 (試したりしないで。あたし、答えはひとつしか持っていないのよ)
 そっと背に回った手に、甘えん坊ね、と笑った。