お茶を一杯

 タニクウェティルはイルマリンのほど近く、イングウェの居館はある。特に名はなく、エルダールはただ「宮」と呼んでいる。
 その宮の奥には奇妙な庭園が広がっていた。
 広大で迷路のような庭園は、木々の間に小さな東屋をいくつか抱えているのだったが、中でもひときわ幹も葉も大きな木の下の白い東屋が、宮の主のお気に入りだった。
 園の手入れはイングウェの日課だ。ゆるゆると見回り、休憩をとりに東屋へ戻る。
 白い柱の向こうに何やらくたりとした固まりを見つけて、イングウェは目をすがめる。そよ吹く風に木がちらりと葉を震わせ、大きなそれが落下した先で、うわ、と声があがる。白い衣と比するほど蒼白い腕が、ぬうと上がる。イングウェが笑う。
「呼べば行くのに」
「私の息抜きなくす気?」
「息抜き、なら良いが」
 起き上がったノルドの王は、その黒髪に白い花弁をいっぱいに散りばめている。
「待たせたな。花びらが」
「私が勝手に待ってたんだよ。まだ残ってる?」
「似合う」
 フィンウェは少し目を見開くと、じゃいいやと呟いた。

 お茶を一杯。もう一杯。イングウェは何も言わない。フィンウェも何も言わない。
 風が吹く。庭園がざわめく。光が揺れる。
 金の粒を睫毛にふるりと散らせ、フィンウェがふいに聞いた。
「幸せ?」
 イングウェは答えずに手を伸ばした。皮を剥いた果実が指先で滴る。
「ん」
 ぱくりと果実をくわえとり、フィンウェはちらりとイングウェの指を舐める。
「――来て良かったと、思って、いる」
 見上げる瞳にそう返せば、フィンウェは困ったように微笑んだ。
「私も」
 イングウェも笑う。鏡のような同意。彼の甘え方。
「幸せだよ」
 取って返した指を舐めて告げると、フィンウェの声が羞じらうように、私も、と答えた。