代償

 イングウェが物凄く嫌そうな顔でお茶を飲んでいる。何のお茶だか得体が知れない。色は濃い目の茶色、穀物みたいな粒が少し浮いている。香りは…まぁ、悪くはない。
「……何飲んでるの?」
 聞いてみたらイングウェは遠い目になった。
「飲んでみるか。貴方も」
「えーと」
 横に置いてあったポットからとぽとぽっと注いで出してくれる。カップに半分以下。
「…なんか、少ないけど」
「悪いことは言わない。それくらいでいい」
 イングウェはそう言いながら自分のカップにはなみなみと注ぐ。
「それじゃあ、いただいてみます…」
 言った私の目の前で、イングウェはまた心底嫌そうにごくんと一口飲んだ。
 香り、はやっぱりそう悪くない。嗅ぎ慣れないけれど、草や花やを乾燥させて、醗酵させたらこんな匂いになるのかもしれない。考えながら、ごくん―――

+++   +++

 ――――。
 
 黙りこんだフィンウェの前で、イングウェは遠い目をしながらまたそのお茶を飲んだ。いつ飲んでも、本気で不味い。
「…………イングウェ、これ、何…」
「お茶」
「……甘い、ような、香りからは想像もつかない味っていうか…」
「無理するな。不味いだろう」
「うん」
 気も遣えないほど見事に即答されて、イングウェは泣き笑いする。
「あまりの不味さに泣きたくなったが、これが大量にある」
「……う」
 フィンウェはカップの中身をまた舐めてみて、うー不味い、と呟く。
「で、まだ何とかならないかと思って、こうしてみた」
 イングウェは別の器を取り出す。中に入っているのは固形のお茶――つまりは、ゼリー。
「ちなみにこっちは冷たい」
「えと何ていうかここまで来たら挑戦するべきだよね」
「ああ、そうだろうな」
 そう言いつつイングウェはゼリーを二つに盛ってくる。
「まずは一口」
「…うん」
 フィンウェは食べた。そしてまた黙った。
「………………なんか今度は、……甘さが足りないというかああでもこのビミョウな味はそのまんまで一応喉越しは良いけど――」
「そんな貴方にまずはこちら」
 イングウェは白蜜をたらりんと足す。
「あー…やっぱり甘いとちょっとマシ?」
 ぶつくさ言いながらフィンウェは食べた。するともうひとつの器に、イングウェは今度は黒蜜をたらす。
「案外こちらの糖の方がどうにかなる、気もする」
「ふんふん」
 ぱくり。微妙な顔をしながら食べたり飲んだりするエルダールの王ふたり。
「………………」
「………………」
 無言で消費することしばし(ふたりとも最早、味わう前に飲み込め状態である)。
「今後一生遠慮しておきたいような、あまりの不味さに逆に食べちゃうような凄い味だよね……勢いで全部食べたけど、それでこれは実際何…?」
 フィンウェが口火を切る。イングウェは倉庫の中の瓶の数を思い出してぐったりした。
「薬」
「お茶、の、薬?」
「なんというか、薬というか、お茶に何か効用があったらいいかもしれないと思ったら何をどう間違えたか、いやもしかしたら当然なのかもしれぬが、こんな得体の知れない味になった」
「……効果はあるんだ?」
「ふ」
 イングウェは嫌そうにまたお茶を飲む。
「この味さえ何とかなれば…独身のお嬢さん方は欲しがるかもしれない」
「はい?」
「どうせだ、フィンウェ。貴方も付き合ってくれ。効果のほどが分かるかもしれない。どうせ忙しくてあまり寝てないのだろう」
「ん~とまぁ、そんなような違うような」
「葉っぱならともかく、粉末なのだ、このお茶は。捨てるに捨てられない。私は今のところ3日間食事のたびにこれを飲んで消費しているがひとりでは本気でいつになるか想像もつかない。早くおさらばしたい」
「そこまで言うなら付き合ってもいいけど…」
「ではまず7日間。7日経ったらビックリの変化が、起きるかもしれぬし何もないかも」
「またえらく不確定だね」
「自分しか試す者がいないのでな」
 細々と量を説明しながらイングウェは瓶に入った粉末を渡した。
「こどもに飲ませるなよ。泣かせても知らぬぞ」
 忠告に、フィンウェは可愛いひとり息子を思い浮かべて、へらりと笑った。
「あー、まあ、こっち方面の興味は無いんじゃないかな?」

+++   +++

「………『父上、さいきん何だかおきれいです!お肌すべすべだしお髪もつやつやだしお声もうっとりしてしまいます!』……って褒め称えられたよ……確かに君もなんかキラキラしてるねイングウェ」
「…ふむ、ノルドールにも問題なく効果はあると」
 7日後、イングウェとフィンウェはまたお茶を飲んでいた。まだ不味さには慣れていない。全く嫌そうな顔である。
「疲労回復も多分効果あるぞ。調子は?」
「悪くない。確かに、目とか疲れにくくなったし」
「そうか。こんな味だがそれではまぁ、良かった」
「…………確かに、問題は味だね…」
 ふたり同時にお茶を飲んで、微妙な顔をした。
「…………………それで確かに、独身のお嬢さん方は欲しがるかもね…」
 イングウェはいい加減に定着しかけた眉間の皺をもみながら、またお茶を飲んで苦い顔をした。

 美の向上には代償がつきもの、らしい。