みずたまりかんさつ

 正体がばれてから、マグロールがつめたい。
 そんなことをウルモは思っていた。言いがかりも甚だしいとその言をエオンウェあたりが聞いていたら突っ込んでくれそうなものだったが、その場には件の伶人とみずたまりのウルモしかいなかった。
 わりと機嫌は良くなかったので、ウルモの身体はさざ波立つ。いろいろとひとつに凝り固まりそうな時は、ウルモは小さな小さな海になる。
 漣のこまかい震えが不定形流動体をちらちら揺れる粒で彩る。朝方の淡く澄んだ光の中ではみずいろは薄く、白と銀の散りばめられたオパールに似ているみずたまりは、白鳥の雛を一羽抱えた伶人の足元でちらちらしている。
 ふわふわぼんやりした雛を両手で捧げ持って、マグロールは眉を下げている。ウルモの背後の大きな海の方は実に凪いでいて、まもなく朝の金色の光をいっぱいに鏡写しして輝く面を見せるだろう。その凪いだ海を遠く行く、ああ、あれがこの雛の親鳥だろうか。

「ウルモさま、あの……」
 マグロールはみずたまりを見て、海を見て、手の中の雛を見て、またみずたまりを見た。
「あの、雛、これ……」
 言いよどみ、また忙しく沖とみずたまりを見る。ウルモのちらちらした粒と漣が不意に止まる。マグロールはつぐんだ唇をすこし噛む。
「……あの、こ、困っていらっしゃいます…?」
 三たび呼びかけた時にそんなことを言い出すので、ウルモはぱちっと身体の色を濃くした。
「違うかな、……困って、いらっしゃるような気がするんですけど、違ったら、すみません…」
 眉を下げたまま、常になく不安定に言って、マグロールはまた、あの、と言った。
「わ、たしは困ってます……」
 ウルモはますます濃いみずいろになった。

 海のようにはなるが、その深い深い底の音楽はウルモの根源とも言えるところで、そこに近い思いがわきあがると姿かたちには本性と言うべきものが反映される。姿の結べないウルモの分かりやすい現れは色だ。いつだってそうだ。
 困ってはいなかったが、ウルモの揺らぎは治まった。けれど困った顔をしたマグロールが、深いところの弦を奏でる。
 不機嫌はどこへやら、濃い青のきらめくような深いみずいろになったウルモは、愛で子を囲むように姿を広げ、その手を包んで雛を受け取る。
「あ」
 海までひとすじの流れになったウルモに乗って、雛はたどりつく、その先に親鳥が姿を見せる。
 愁眉を解いて微笑みを見せるのに満ち足りて、ウルモは打ち寄せるように青を濃くする。わきあがる煌めきを見て、マグロールは目をほんの少し瞠り、そして笑う。
「…笑っていらっしゃいますね」
 ウルモは声を出さずにきらきらとみずいろの彩を光らせた。伶人の笑い声は降る光のようだった。