おおきな水のかたまりを転がして、二番目の兄が歩いていた。
水のかたまりは水であるとしか言い様がなく、しかし球体でごろごろと転がされている。
色はごくごく薄いみずいろだ。何ものをもゆらゆら揺らがせる。
そもそもどうしてそんなに球体なのかとか、次兄が転がして歩いているのは何なんだとか、いろいろ思うところはある筈だった。
美味しそう。
最初に思ったのはそれだった。
つめたそうで、薄く透ける周りの風景何もかもをもみずいろにしていて、押す次兄の手がすこし沈んで時折あがる飛沫がまた、ひんやりしていそうだった。
声をかけて近寄ると、次兄はそっと水のかたまりを押す手を止め、草原に水のかたまりも止まった。
いつも薄いみずいろから濃い青まできらきらと光っているはずなのに、今は水のかたまりは美しい水面の色のまま、ゆらゆらとしているだけだった。
近くへ寄ると、本当に大きい。
きっと次兄が指を、手を、腕を、差し入れたらそのまま球体に潜り込めてしまいそうだった。
薄いみずいろに閉じ込められた次兄は驚くだろうか。
ゆらゆら、揺れる髪に細かい泡が戯れ、見開いた目から涙が零れても誰にも分からない。
見てみたいと思った。
そんなに乾いた顔をしていたのだろうか、次兄は水のかたまりをそっと掬った。
思い描いたとおりに次兄の指先がつぷりと埋まり、かたまりに波紋がなびく。細かい飛沫を霧のように噴き出して、次兄の手が丸めて抜かれる。
手のひらにふるりと掬われた卵型のかたまりは、おおきな水のかたまりよりも透き通ってつやつやとしていた。
お食べ、と差し出されて受け取る。
重ねた両手に収まったそれは、思った通りにひんやりとしていた。
次兄は水のかたまりの掬った部分をそっと撫でて、風の音を奏でるように息を吹きかけた。
薄いみずいろの下の方から銀色のきらめきがつるつると登り、消え失せれば少し濃くなった青の水のかたまりが揺らいでいた。
次兄はまた、おおきな水のかたまりを転がし始めた。
手の中のみずのかたまりを見る。
喉を通る様を思い描く。
口に入れたこれは、つるりと喉を下るだろうか。
それとも、喉の奥ではじけ、無数の雫のきらめきとなって駆け下るだろうか。
歯を立てたらどうなるだろうか。齧ってみたなら?
次兄と水のかたまりの姿はすでに遠く、傾き始めた陽の光がとろけたような金色に辺りを染めていた。
みずのかたまりに唇を寄せた。
――だめだ。
歯を立てようとしたその時、慕わしい声に止められる。
――こんなに渇いているのに?
問い返せばみずのかたまりは奪いさられ、代わりにあたたかな温みが降ってくる。
降る降る、草原に、この身に、あたたかな滴が降りそそぐ。
溺れそうな心地で呼ぶと、つめたい口づけが渡された。
みずのかたまりは、花になって草原に揺れている。
怖い夢を見たと一応言って、いそいそと寝台に潜り込んだ。ケレゴルムは狭いとか何とかぶつぶつ言ったが、夢の話は胸の前できゅっと手を結んで聞いた。俺が食べてみたかったなあ。なんで止めたんだろ。ぼやぼや言うので唇を吸ってやった。ばか、寝ろ。頭を撫でて抱え込まれて、鼓動の数を数えている。唇を舐める。みずのかたまりがこれ以上に潤うとは思えなかった。